Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

双方向対戦小説ジョジョ魂



12.黒い星の王子様
〜 Principe del sole 〜


「ジョルノ……おい、ジョルノ!」
「…………?」

 自分の名を呼ばれ、少年はゆっくりと目を開けた。

 黄金色に輝く髪を後ろで編み上げ、日本文化を知る者なら「学ラン」を思い出しそうな服の各部にテントウムシ型のボタンやブローチをあしらっているこの少年。彼こそがジョルノ・ジョバァーナ。
 誕生日のわずかな差でフーゴよりも更に年下だが、それでもギャング組織『パッショーネ』の最高幹部の1人であり、事実上、組織のナンバー2と目される男である。


 ここはネアポリス発フィレンツェ行き超特急の中にあるコンパートメント。ジョルノ達は今、組織の裏切り者の始末を付けにフィレンツェに向かっているところだ。
 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「おう、やっと起きたか。そろそろフィレンツェだぞ」

 声がするのは向かいの席からで、その上には「亀」が乗っている。
 背中の甲羅に「鍵」がハメ込まれている奇妙な亀だった。「鍵穴に鍵を差し込んである」というのではなく、甲羅に鍵型の窪みがあり、そこに「鍵」自体を丸ごとハメてあるのだ。

「ええ、ポルナレフさん」

 ジョルノはそう答えながら、鍵に付いた宝石のような飾りを覗き込んだ。
何と、その中には「部屋」があり、そこから銀髪を真上に逆立てた男がこちらを見上げている。

 この亀は、「亀」でありながらも「スタンド使い」で、甲羅に「鍵」をハメ込まれる事により、体内に「空間」を創り出す能力を持っている。ブチャラティ達にとっては便利な「隠れ家」であり、今では『矢』の保管場所でもある。
 ちなみにこの亀、本体には「ココ・ジャンボ」、スタンドには『ミスター・プレジデント』という名前があるのだが、誰もそうは呼んでいない。


 ジョルノが顔を引っ込めると、今度は「鍵」に付いた宝石から、中にいる男の上半身が現れた。

「列車の中とはいえ敵陣の近くだぞ。ずっと神経張り詰めてる事もないが、ちょっと緊張を緩めすぎじゃあないか?」
「ええ、すみません……」

 亀の住人の名はジャン・ピエール・ポルナレフ。
 彼はスタンド使いではあるが、ギャングでもなければイタリア人でもない。それどころか生きた人間ですらない。
 フランス人である彼は1990年代のエジプトで『矢』を入手し、別の『矢』をヨーロッパで悪用する者の存在を知った。それがパッショーネの先代ボス、ディアボロだった。正義感からディアボロを追った彼だが、組織によって逆に追い詰められ、仲間との連絡を絶たれ、遂にはディアボロ自身との闘いに敗れ、戦闘者として再起不能の身となった。
 だが、彼はその後で『矢』の真の力、スタンドを進化させる力の存在を知ったのだ。それからポルナレフはずっと、ディアボロを倒そうとする正義の者が現れる日を待っていた。
 そして2年前の春、ジョルノやブチャラティ達がディアボロの正体を探っているのを知り、彼らに『矢』を与え、その真の力を教えた。
 しかしその際、彼自身はディアボロによって36年余りの人生の幕を引かれ、今は「幽霊」となってこの亀の中に住んでいるのである。

 ポルナレフは喋る時は本当によく喋る男で、この2年でジョルノ達に過去についてそれなりに話していた。子供の頃は漫画家になって『ポルナレフランド』を建てるのが夢だったというような事から、幼くして親を亡くし、妹はまだ学生の時にスタンド使いの暴漢に殺されたというような事までも。
 しかし、それでもジョルノ達はポルナレフについて知らない事がまだまだ多い。例えば彼が『矢』を入手した詳しい経緯は聞いた事がないし、ましてや彼に「空条承太郎」という戦友がいる事など知る由もない。

「どうした? 最近少しボ〜っとしてるぞ。体調でも悪いのか?」
「いえ……別に……」
「あのなぁジョルノ、おまえ、その言い方で説得力があると思うかぁ? これから裏切り者の巣窟に乗り込むというのにそんな様子じゃあ心配にもなるぞ」
「いえ、本当に別に……ちょっと疲れ気味なだけですよ」

 ポルナレフの言う事ももっともだ。確かに最近ジョルノは少しおかしかった。打ち合わせでブチャラティの言う事を聞き逃していたり、レストランで注文した料理が運ばれてくるまで少し時間があると居眠りをしかけていたり、という具合だ。

「……まぁ、確かに最近忙しいからな。だが、それも今夜でヤマは越える。もう一息頑張れ」
「ええ……」

 ポルナレフは内心では全然納得していないが、とりあえずこの話題を打ち切る事にした。気にはなるが、当のジョルノ本人に話す気がないのだから仕方がない。その代わり、フィレンツェでは普段以上に気を付ける事にしよう。


 ジョルノはハンカチを取り出して寝汗を拭いている。顔を一通り拭き終えると、次は襟を少し広げ、服の中も軽く。まずは首筋から……。
 その仕草を後ろから見ながら、ポルナレフは常々から悩んでいる事柄を心に呼び戻した。

 ジョルノ達と知り合ってそう日が経たない頃、ポルナレフは何かの偶然で、ジョルノが財布の中に入れている写真を見てしまった。
 そこには頭に黄金色の髪、首筋に星型のアザを持つ男が写っていた。問題は、その男がポルナレフのかつての仇敵だった事だ。最初は「他人の空似」と信じ込もうとしたが、写真には男のフルネームがしっかりと書いてあった……。
 後で何も知らないフリをして写真の人物との関係を尋ねてみると、ジョルノは答えた。写真と母親の話でしか知らないが、その男こそジョルノが幼い頃に死んだ父親であると。
 ジョルノの首筋にも同じアザがある事はその時に初めて知った。

 ジョルノは何も知らないのだろう。自分の父親が何者であるかも、どんな生物であるかも、そして、父を殺した男の戦友が目の前にいる事も……。
 ポルナレフはジョルノを信頼している。ジョルノには、ポルナレフのかつての戦友と同じ、黄金の輝きを持つ正義の心がある。だが、それでもジョルノに父親の正体を教える決心はつかないまま、いつ話すか、あるいは話さずにおくべきか、はたまたジョルノではなくブチャラティにでも話すべきか……ずっと悩んでいた。


 ポルナレフの迷いをよそに、列車は間もなくフィレンツェに到着した。
 ブローノ・ブチャラティがカピターレ・モストロの屋敷に入ったのは、ちょうどこの頃である。



Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

空条 Q太郎さんの「ワンチェン(with生首ディオ)」

vs

かんなさん/言造さんの「ブローノ・ブチャラティ」

マッチメーカー :pz@-v2
バトルステージ :アツい○○
ストーリーモード :Fantastic Mode

双方向対戦小説ジョジョ魂



13.再交渉
〜 Interview with the Vampire 〜


 いつだったか、『テーブルの上の生首』とかいう奇術を聞いた事がある。
 その名の通り、テーブルの上に人間の生首だけが乗っているように見える奇術だが、その正体は確か、単に鏡による反射で首から下を隠しているというだけのトリックだ。
 だから、もしかしたら「これ」も……

「フン、ジロジロどうした? ひょっとしたら鏡でもお探しかな?」
「く……!」

 やはり違う。
 トリックや催眠術などというチャチなものでは断じてない。
 今、目の前で喋っているのは、本当に「人の生首そのもの」なのだ。

 いや、それだけならまだ良い。問題なのはこの生首から受ける印象だ。
 透き通るような白い肌、輝く黄金色の髪、男――しかも生首――のものとはとても思えぬ妖しい色気、そして……聞いていて何故か奇妙な安らぎを覚える声。それらの全てが入り混じった異様な雰囲気は、ブチャラティに底知れない恐怖を与えた。
 いや、厳密には「恐怖」とは違うのかもしれない。一番近い表現は「恐怖」だが、目の前の生首から感じられる「それ」はブチャラティのボキャブラリーには存在しない、そう、まさに「筆舌に尽くし難い」感覚だった。
 こんな感覚を味わったのは初めてだ。ディアボロとは次元が違う、底知れないドス黒さを感じる。

 と、ブチャラティがあれこれ考えているうちに、ワンチェンは生首の乗ったテーブルの傍らに戻り、モストロは部屋の入口近くの壁際にゆっくりと後退していた。
 そして生首は……小さく笑った。

「……何がおかしい?」

 ブチャラティは内心の動揺が声に表れないように注意して尋ねた。

「いや、失礼。見ての通りだが、生憎と腕がないのでね。もしあれば『拍手』を送りたいところだ」
「拍手だと?」

 ブチャラティの問いに対し、「ディオ」と呼ばれていた生首は笑みを浮かべたまま答える。

「さっきのジッパーはスタンド能力のようだが、モストロの体に隠れる事でモストロ自身にここまで案内させるとは見事な作戦だ。いくらモストロがスタンド使いではないとはいえ、単身敵地に乗り込んできてこれだけのマネができるとは大したものだ」
「……ほぉ、お褒めに与り光栄だな」
「フフ……そんなに怯えなくても良いじゃあないか。少し話をしよう」

 ディオはブチャラティの内心の怯えをあっさり見通していた。そして、その事はますますブチャラティの怯えを強めた。
 だが、ディオの提案はブチャラティにとっても悪い話ではなかった。何しろわからない事だらけだ。ブチャラティには相手が嘘をついてもある程度見破れる自信があるし、発言内容の真偽を問わず、会話の中から読み取れる事もあるだろう。
 結局、ブチャラティは沈黙をもって会話に応じるサインとし、ディオはそれを受けて話の口火を切った。

「よし……ではまず聞くが、ジョルノ・ジョバァーナはどこにいる? 今夜モストロと会う予定だったのはヤツなのだろう?」

 ブチャラティは少し迷ったが、下手に不必要な嘘をつくよりも、とりあえず正直に答える事にした。

「……ジョルノが来なかったのは、単に組織内で他の仕事が入ったせいだ。居場所までは言えんが、おまえらのお捜しの『矢』も持っている」
「ほぉ、そんな事まで見破っていたか。では次の質問だが……ジャン・ピエール・ポルナレフというフランス人を知っているか?」
「な!」

 予想もしない、しかしよく知っている名前を聞き、思わずブチャラティは声を出した。

「フン、やはりな。おまえ達の組織が元々持っていた『矢』は一昨年破壊されたはずだ。ジョルノが持っているという『矢』はヤツからもらったものだろう? 調べのついた限り、『矢』を手に入れた可能性のある者の中で、ここ数年でおまえ達と接触したとすればヤツだろうからな。まぁ、ヤツが何故ギャングなんぞと関わったのかはわからんが」
「貴様……ポルナレフさんを知っているのか?」
「当然だ。このディオをこんな情けない姿にしてくれた男の一味だからな。ポルナレフは語らなかったのか? 暗黒に生きるこのディオの神話を!」

 ブチャラティは思い出す。ポルナレフはあの『矢』を「10数年前にエジプトで、とある巨大な悪と闘い、その事後調査の中で入手した」と言っていた。だが、それ以上の事は何も話そうとしなかった。そう、まるでブチャラティ達に知られたくない理由でもあるかのように。
 ブチャラティ達は必要以上に仲間の過去を詮索したりはしない。ギャングという職業柄、過去に傷を持つ者を相手にする事が多いため、それが習慣になっているのだ。
 ディオやモストロの台詞からすれば、あの『矢』は元々ディオのものだったのだろう。「巨大な悪」というのはディオの事なのだろう。それは別に良い。だが、それを隠していた理由は?

 結局、ブチャラティにとっては疑問が増えただけだった。とはいえ、ここでこれ以上悩んで、ディオにつけ込まれる隙を作るわけにはいかない。少しはこちらのペースに持ち込まねば。

「今度はこちらが聞かせてもらうぞ。誘拐した人達をどうした!? そこのワンチェンとかいう東洋人が近くの住宅街でさらった人達だ!」
「フフ……ギャングのボスが随分つまらない事を気にするんだな。噂には聞いていたぞ。パッショーネの新上層部はギャングでありながら義を重んじ、一般市民にも慕われている、とな」
「質問に答えろ! あの人達はどうした!?」

 焦りのせいか、はたまたポルナレフの件に気を取られたせいか、ブチャラティはこの時、もう1つの疑問を忘れていた。「何故ディオはジョルノを呼び寄せようとしていたのか?」という疑問を。
 そんな事にはお構いなしに、ディオは相変わらず余裕の表情で答えた。

「なら答えよう。彼らはこのディオと、そこのワンチェンの血肉となった。周りを見てもわからないか?」

 そう言われて、ブチャラティは周囲を見回す。カーペットの上に点在するシミ……これは……血だ。そしてさっきから部屋に立ち込めている臭い……それらの意味する答えは……信じたくなかったが、おそらくもう……。

「……全員か……?」
「さぁな。何人さらったかまでは知らん。どうだワンチェン? 答えてやれ」
「さ〜て、わたくしもいちいち数えてはおりません。しかし、最近はさらった奴ら、大体その日のうちに喰い尽くしてましたがねぇ! デェヘヘヘヘ!」

 そう言いながらワンチェンは舌なめずりをする。

 生首が食べた物がどこに運ばれてどう消化されるのかは疑問だが、こいつらはカニバル(食人嗜好者)という事か。
 目の前の2人がこれまでしでかしてきた事を想像し、ブチャラティは強く歯を噛み締めた。

「ああ、待て。誘拐といえば、さっきモストロが言っていたな。ワンチェンがおまえの部下を殺したというのは本当か?」
「……ああ」
「ウヘェェェヘヘヘ! そう言えばおまえ、殺された部下の仇を捜してこの屋敷に来たらしいね」

 突然ワンチェンがしゃしゃり出てきた。

「わたし、大昔、祖国やイギリスの貧民街で、ギャングとも商売付き合いした事あるね。おまえ達、あの頃から全然変わってないね! 組織の中で妙な家族意識持って、他のヤツに仲間殺されると自分の親族でも殺されたようにやっきになって仇討とうとするよ。それで延々殺し合うね。まったく単純なヤツらね! ヒヒヒ!」

 妙に高いテンションで嘲笑とともに喋るワンチェンとは対照的に、ブチャラティは冷静だ。

「少し……違うな」
「何?」
「おまえの言うように、俺達ギャングの報復は血をもって為され、死をもって終わる。それは確かだ。だが、その先が少し違う。少なくともおまえが殺した男に対しては、俺は家族意識など持っていなかった。あまり面識はなかったが、はっきり言えば嫌っていたぐらいだ」

 ワンチェンはブチャラティの真意が理解できずに無言で眉をひそめる。

「おまえが殺したのはアールボ・ソンダッジョという男で、超一流と言える調査技術の持ち主だった。スタンド使いでもないのにな。だが、とにかく強欲で信頼の置けない男だった。でなければとっくに幹部にでもなってたろうぜ。葬式に行った時も、泣いてるヤツは誰もいなかったよ」
「ちょっと待つね! じゃあおまえ、一体何しに来たか?」

 悲しむ様子もなく話し続けるブチャラティに対し、とうとうワンチェンが口を挟んだ。それでもブチャラティは無感情に話し続ける。

「色々あるが、主に誘拐の黒幕捜しだな。モストロが裏でどこかの組織とつるんでいるものだと思っていた。それに……」

 ここでブチャラティは一旦言葉を切り、今度はこれまでより強い口調で続けた。

「アールボは確かに死んで当然の男だったかもしれないが、仕事には誇りを持ち、命を懸けていた。だからこそ、致命傷を負いながらも、最期の瞬間までも任務を果たそうとして、決定的な証拠を遺してくれた。わかるか? ボスとして……俺にはそれに報いる責任がある! そして何よりも! この町を裏で仕切る身として、あんな事件を見逃す事はできん!!」

 強く言い切ったブチャラティに一瞬気圧されたワンチェンだったが、我に帰ると嘲笑とともに再び口を開いた。

「ヒヒヒ、何を言うかと思えば、結局は甘っちょろい正義感ね! つまらない理屈こねるでないよ!」
「どうとでも思うんだな。貴様らに俺の心は永遠にわかるまい!」

 ここまで会話を続け、疑問はほとんど解けないどころか逆に増えていたが、ブチャラティは少しずつどうでも良くなってきていた。
 はっきりわかった事は、目の前にいる生首と東洋人が許し難い「悪」だという事であり、他の疑問の答えがどうであれ、既に見逃す気は全くない。
 そしてその「正義の怒り」は少しずつ、だが確実に、ブチャラティの怯えを打ち消し始めていた。

「それではブチャラティ、最後の質問だ」
「……何だ?」
「どうだね、ひとつ私のしもべにならないか?」
「何だと?」
「人は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる。私に仕えれば永遠の安心を与えよう」

 ディオは相変わらず余裕の笑みを浮かべたままで、まだ「殺気」を発してはいない。だが、自分の誘いが断られたその時には、おそらく……。

「聞こうか、答えを」
「生憎だがな、2年前に先代のボスを裏切った時に誓ったんだ。俺は二度と悪魔に魂は売らん!」

 ブチャラティはまだ恐怖を完全に払拭できていない。だが、ブチャラティにとって「悪の下で働く」という事は、それこそ死よりも忌むべき事だ。だからこそ、ブチャラティのこの台詞には一切迷いのない、強い意志が込められていた。

「そうか……残念だよ。しかしこのディオ、どうあっても君に助力をお願いしたいのでね……少し交渉の形式を変える事にしよう……ワンチェン! このお客人を丁重にもてなして差し上げろ!」
「はい、ディオ様ァ。デェヘヘヘ!」




ROUND 2

〜 Vampire Nightmare 〜



14.戦闘開始
〜 The Gangster heard the Gong 〜


 突然、上から何か重い物が動いたような音がした。

「ハハハハ! もう逃げられんぞ、ブチャラティ! このフロアの出入口をロックした! ここの出入口はどちらも、内側から電子ロックすれば、内側から暗証番号を入力せん限り開かんのだッ!」

 鬼の首でも取ったようにがなりたてるモストロだったが、その声は、ブチャラティにあっさりと無視された。
 ロック以前に、出入口自体があろうがなかろうが、ブチャラティの能力なら焦る必要がないからだ。むしろ敵に逃げられる可能性が減った分、ブチャラティには好都合になったとさえ言える。しかも、モストロが口を滑らせたため、出入口が「2つ」あるらしい事までわかった。

 全くリアクションが来ない事が気に障ったのか、モストロの頭にまた血管が浮き出た。

(そうだ、何もワンチェンごときに任せる事はない。ブチャラティは今、こっちに背を向けている。ヤツをここに案内してしまった失態もある事だ、ここは私の手で……)

 モストロが上着の内ポケットにそっと手を伸ばしていく……が、

「その銃で俺を撃とうというのなら、やめた方がいい」
「!」

 モストロの手が止まった。いや、心臓自体が一瞬止まったような気がした。
 ブチャラティが振り返る。

「ぐ……お、おのれッ!」

 モストロは慌てて拳銃を取り出し、ブチャラティの顔に照準を合わせた。だがブチャラティは慌てる事なく、ゆっくりとモストロに歩み寄る。
 モストロは撃てなかった。ブチャラティに完全に圧倒されている。格の違いを今更ながら思い知ったのだ。

「じっとしていれば殺しはしない。だが、これ以上余計な事をすれば終わりだ。わかったら……大人しく引っ込んでいろ!」

 声とともに、ブチャラティの裏拳が、蛇ににらまれた哀れな蛙の手から拳銃をはたき落とした。回転しながら床を滑っていく拳銃は、中の弾丸ごとジッパーで真っ二つになっている。
 そしてモストロは、力なくその場にへたり込んだ。

「フン、無理をせんで良いぞ、モストロ。交渉ならこっちで進める」
「そうね、邪魔にならないようスッ込んでるね。ヒヒヒ」

 この上ない屈辱だった。だがそれでも、モストロにはただ動かずにいる事しかできなかった……。


「さて……もてなしてくれるんだったな……」

 ブチャラティは再びディオとワンチェンの方を振り返った。

「来いよ、ワンチェンとやら。年寄りとはいえ、あれだけの事ができたんだ。手加減する必要はないよな」

 この部屋の壁や天井は全てコンクリートのようだ。おそらくカーペットの下も同じだろう。
 モストロがへたり込んでいるのは部屋の鉄扉の脇で、ブチャラティが立っているのはそこから約1メートルの位置だった。
 部屋の中央には大理石のテーブルがある。正方形のものが2つ連ねて置いてあり、おそらくフロアの間の通路や鉄扉を通るギリギリのサイズと形状だろう。「長方形のテーブル1つ」にしていない理由もそれだろうか。テーブルの周囲には木の椅子が4つ。テーブルもそうだが、豪華すぎて少し悪趣味なデザインだ。
 入口から見て左の壁際には、これまた大理石製らしい彫像がある。右の壁には風景画が掛かっている。正面の壁には電話機が備え付けてあるのに加え、何故か十字架が飾ってある。
 ディオの乗っている小さなテーブルは入口正面の壁際にあり、そのすぐ左脇、つまり今ワンチェンが立っている足元には、金属製と思しき長方形のケースが1つ置かれている。ケースの中身はわからないが、形とサイズからすれば、剣やライフル銃が入っていてもおかしくない。

「わかっているな、ワンチェン。ブチャラティに生きたまま従ってもらうのが理想だが、手に余れば構わん、殺せ」
「かしこまってございます、ディオ様」

 ディオへの返事の直後、ワンチェンは足元の金属ケースに手をかけた。
 と、同時に、ブチャラティがワンチェン目掛けて走り出す。ケースの中身が武器だとすれば、それを手に取って戦闘体勢を整える前にとっとと殴り倒した方が賢明という判断だ。
 だがワンチェンはケースを開けようとはせず、ケースの上側を掴むとそのまま乱暴に持ち上げた。施錠されていなかったらしいケースはパッカリと開き、中身が下に落ちる。

(あれは……刃物の束……?)

「大人しく、もうちょいと待つね!」

 突然、ワンチェンはケースの中身には手をかけず、金属ケース自体を投げつけた!
 しかもケースが飛ぶ速さは凄まじい! 老人が金属を片手で無造作に投げつけた結果がこれか?
 ケースはテーブルの上を通り、そのままブチャラティに向かってくる。ブチャラティにはそれを避ける余裕はない。いや、辛うじて避けられたとしても、そんな事をすれば真後ろのモストロが……仕方ない!

「『スティッキィ・フィンガーズ』!」

 ブチャラティの精神力がパワーある生命の「像(ヴィジョン)」を生み出す。
 スタンド――それは世間では「超能力」や「守護霊」という形而上の存在として認識されるものの正体!
 頭部には兜を目深に被り、筋骨隆々とした体の各部に大きなジッパーを付けた戦士! これこそがブチャラティのスタンド『スティッキィ・フィンガーズ』!

 ブチャラティの眼前に現れた『スティッキィ・フィンガーズ』が金属ケースを殴りつける! その瞬間、金属ケースにジッパーが張り付き、そこからケースが2つに分かれた。ケースは各々そのまま壁と鉄扉にブチ当たり、衝撃でケースの蝶番(ちょうつがい)が壊れた事で「4つ」になって床に落ちた。
 このケース、ブチャラティのスタンドに殴られた事で大きく威力をそがれていなければ、おそらくコンクリートの壁を砕いていただろう。いや、鉄扉は既に歪んでいるようだ。

「ほぉ〜、よく防いだものね。『スタンド』使ったようあるね」

 ワンチェンは既に「武器」の装備を終えていた。
 ケースから出した武器、それは「篭手」だった。いや、問題なのは10本の指全てに鋼鉄の爪が付いている事だ。それも、どこぞのホラー映画の怪人が愛用しているようなかわいらしい手袋ではない。爪は「針」や「フック」ではなく「刃」だ。ワンチェン自身の腕に匹敵するほど長く、掌の側に少し反った鉄爪は、鎌の刃や日本刀をイメージさせる。

 ワンチェンは不気味な笑い声を上げながら、篭手の装着具合を確かめるためか、見えないピアノでも弾く如く軽やかに指を動かしている。

「油断するなよ、ワンチェン。ヤツのスタンドは人型だった。今の様子からして『近距離パワー型』だ。おそらく、スタンドの手で触れたものに効果を発動させるタイプだろう。能力は、物の中に『空間』を創り出す他、単純に物を切開したり分解したりもできるようだ。どんなに硬い物でも、もちろん生物が相手でもな。極力、攻撃は喰らうな」
「了解でございます、ヒヒヒ」

 当たっている。このディオという男、かなりの頭脳に加え、スタンドに関する豊富な知識と経験を有しているようだ。
 一方、今のやり取りからすると、ワンチェンの方はスタンド使いではないのか……?
 だとすれば、さっき金属ケースを投げつけたのは、この老人の純粋な腕力なのか? 今にしても、指1本で日本刀1振りに近いサイズと重さの物体を扱っている。それも10本の指全部で同時にだ。年齢の事を抜きにしても、この腕力はどういう事だ?

「何をボサっとしてるか、小僧!」

 どうやらブチャラティには悩んでいる暇はなさそうだ。ワンチェンが来る!

 ディオも言ったように『スティッキィ・フィンガーズ』は俗に「近距離パワー型」と呼ばれるタイプのスタンドだ。「本体」であるブチャラティからの「射程距離」が2メートル程度しかない反面、そのパワーや動作スピードはスタンドとしても超一流レベルにある。不意討ちでなければ、目の前から拳銃で撃たれたとしても、難なく弾丸を叩き落せるのだ。

 部屋の中央にあるテーブルを迂回して駆け寄ってくるワンチェンに向かい、ブチャラティもゆっくりと歩み寄る。互いの歩調と間合いを調節し、爪が自分に届く前に最も安全確実なタイミングで必殺の一撃を加えるためだ。
 もうすぐブチャラティのスタンド射程内に入るという時、ワンチェンが鉄爪の付いた右手を振り上げた。来る! 今だ!
 ブチャラティの『スティッキィ・フィンガーズ』が拳を繰り出す!

「ワンチェン! 今だ!」

 突然、ディオの声とともにワンチェンが消えた。

(違う! 跳んだのか?)

 ブチャラティが慌てて視線を上に移すと、頭より遥か上にワンチェンがいた。
 パンチを空振ったばかりの『スティッキィ・フィンガーズ』は、本体であるブチャラティと射程距離ギリギリまで離れている。体勢を立て直す一瞬前、何と天井までも跳び上がったワンチェンが空中で体勢を変え、両足で天井を蹴った。
 急降下したワンチェンの爪を、ブチャラティは右に跳び退いてどうにかかわす。狙いを外した鉄爪はカーペットを切り裂き、そのままコンクリートの床にも切れ目を入れた。

「逃がさないねェ!」

 ワンチェンは床に刺さったままの爪を「引き抜く」のではなく、そのまま「振り抜く」事で解放すると、ブチャラティへの追撃に入る。

(な……何だこの怪力は!? それにこの速さと跳躍力! 本当にこれが人間の動きか!? この老人は一体……?)



15.ワンチェン猛襲
〜 Wild Rush 〜


 体勢が崩れたままのブチャラティは床を転がってかろうじてワンチェンの攻撃をかわすが、ワンチェンは更に追い討ちを続ける!
 しかし、ようやくとブチャラティの側に『スティッキィ・フィンガーズ』が戻ると、すぐさま床にジッパーを取り付けた。ブチャラティはジッパーの「引手」を掴み、そして!

「閉じろジッパー!」

 ジッパーの閉じるパワーとスピードは、走るよりも速くブチャラティをワンチェンの間合いの外まで運んだ。ジッパーから手を離すと同時に、大急ぎでブチャラティが体勢を立て直そうとする。

「KUAA! ちょこまかとォォォ!」
「やめろワンチェン!」

 鉄爪を振り上げかけていたワンチェンだが、ディオの一声で追い討ちを中止した。
 ディオの指示は正解だった。体勢を立て直しきっていないように見えたブチャラティは、実はその体勢のままでもスタンドによる迎撃を狙っていたのだ。

 攻撃と回避をそれぞれ中止したワンチェンとブチャラティは無言でにらみ合う。だがこの場合、気分的に余裕がないのはブチャラティの方だった。
 ワンチェンの動きは、どう考えても人間のものではなかった。『スティッキィ・フィンガーズ』の攻撃を避けた時、ディオが指示を出した一瞬で約4メートルも跳び上がり、しかも天井を使った三角跳びだ。動く速さも動物の豹ぐらいだろうか。加えて、コンクリートの床までもあっさりと切り裂くパワーは、爪の材質が何であれ、常識では考えられないものだ。

(俺は思い違いをしていた。こいつはディオにとっては単なる下っ端なのかも知れないが、こいつ自身の凶悪さと強さも十分に危険だ! 1ヶ月余りの間に数十人を誘拐し、全ての目撃者を惨殺できた理由はこの身体能力か!)

 完全に体勢を立て直して警戒態勢を強めるブチャラティに対し、ワンチェンが攻撃を再開しようとした時、その背後から再びディオが声をかけた。

「待て、ワンチェン。そう焦るな。やはり、このディオ自らも舞台に上がる事にしよう」
「な!? ディオ様、しかし……」
「構わん、大切な交渉を部下に任せきりにはできんしな」
「は、はい!」

 ワンチェンは返事の後、一旦ブチャラティの方に目をやると、素早くディオの元へ戻って行った。
 ブチャラティはディオの台詞の意図がわからずに状況を見守っている。まさかディオはあの体で参戦する気なのか?

 そんなブチャラティを尻目に、再びディオの傍らに立ったワンチェンは、鉄爪が当たらないように、慎重にディオの生首を掴んで持ち上げる。すると、ディオの首の断面から赤い触手のようなものが伸び、ワンチェンの左肩に巻き付いた!

「け……血管!?」

 ブチャラティが驚きの声を上げる。
 そのままワンチェンはディオを左肩に乗せた。血管触手がシートベルト代わりとなって生首を固定しているようだ。
 ワンチェンは肩の上のディオと小声で少し言葉を交わした後、舌なめずりとともに左右の爪を打ち鳴らした。戦闘体勢が整ったという事だろう。

 もはやディオの異常ぶりを気にしても仕方ないと判断したブチャラティは、血管触手については深く考えなかった。注意しなければならないのは、ディオからワンチェンへの指示だ。ディオは少なくともスタンドを「見る」事ができるのだから。しかもディオ自身のスタンド能力が不明である以上、間違っても油断できる状況ではない。
 パンチ等の動作速度は『スティッキィ・フィンガーズ』、瞬発力や機動力ではワンチェンが上回っている。どちらも下手に隙を見せれば一瞬であの世行きだ。

「ディオよ、わかっているだろうな。『舞台に上がった』というなら、おまえ自身も俺の攻撃対象に加わる事になるんだぜ」
「ああ、好きにするが良い。もっとも、攻撃する余裕があればの話だがな」

 ディオが言い終わるのを見計らい、ワンチェンが移動を始めた。ブチャラティもそれに合わせて再び間合いを取る。
 両者はテーブルを挟んで点対称の位置にいる。時計とは逆に回りながら、少しずつ間合いを縮め、ワンチェンが大理石の彫刻の前に立ったその時、

「そろそろ行くね!」
「来い!」

 再び、ワンチェンが猛スピードで突進し、ブチャラティがスタンドを出す!
 ワンチェンは今度はテーブルを迂回せず、まっすぐテーブルに向かっている。そのままテーブルを跳び越えて攻撃して来るものと推測したブチャラティは、先程のような空中攻撃に備えた。
 しかし、意外! ワンチェンはそのまま突進し、その勢いで小さく跳ぶと、2つ並んだテーブルの片方に跳び蹴りを叩き込んだ!
 椅子のうち2つを弾き飛ばし、ブチャラティに向かってまっすぐにテーブルが飛ぶ! この勢いと重量! 喰らえばそのまま大理石とコンクリートでプレスされる!

(まずい……そんな事よりも、この状況は……!)

 ブチャラティは再び迎撃体勢に入ると、スタンドで数発のパンチを連打する。テーブルはジッパーで10個程度に分解され、そのままブチャラティの横を通って壁に激突し、砕け散った。
 ブチャラティはすぐに目の前の光景に意識を戻したが……

(やはり! しまった!)

 そこにワンチェンの姿はなく、向かいの壁と彫刻だけが目に入る。今のテーブルは攻撃であるのと同時に「目晦まし」だったのだ。
 左右と上、最初にどこを見るか一瞬の三択! ブチャラティが選んだのは……

(もう一度『上』だ!)

 ブチャラティの勘は当たった!
 ……しかし、視界に入ったのはワンチェンとディオだけではなかった。ワンチェンはテーブルを蹴飛ばしてブチャラティの視界を封じた後、あの鉄爪の付いた手で器用にも、床に残っていた「もう1つのテーブル」を持ち上げ、そのまま跳びあがっていたのだ!

「潰れるがいいねェ!」

 ワンチェンが空中からテーブルを投げ落とす!
 「重力」という強い味方を得た大理石の塊は、さっきの「片割れ」よりも更に速く飛んでくる! しかも、テーブルの陰ではワンチェンが追い討ちを狙っている!

 ――部屋に硬い音が轟き、その後で小さな無数の音が鳴る。
 コンクリートの床に叩きつけられたテーブルは見事に粉砕され、周囲に無数の石欠となって散らばっている。
 ……しかし、

「ヤツは!? どこに行ったね!?」

 テーブルの破片の中にブチャラティの死骸がない。これだけの破壊力とはいえ、人体が血痕も残さずに消し飛ぶ事はあり得ない。逃げられた! どこだ!? ワンチェンが慌てて周りを見る!

「右に跳べ!」

 ディオの指示のままにワンチェンが跳んだ。
 それとほぼ同時に、ワンチェンのすぐ側の足元にジッパーが現れ、布のように柔らかく開いたコンクリートの中からブチャラティが飛び出す!

「スティッキィィィィ・フィンガァァ――ズ!!」
「右ストレートが来るッ!」
「小僧ォォォッ!!」

 ワンチェンの左の鉄爪とブチャラティのスタンドの右腕が交差する!

 両者がすれ違って数秒……ワンチェンの左上腕とディオの左頬にジッパーが開き、そこから血が噴き出た。そしてジッパーはすぐに消え、傷だけが残る。
 ブチャラティのスーツはテーブルの欠片のせいであちこち破れているが、体そのものへの傷はせいぜいアザ程度で、事実上のノーダメージだった。
 その代わり、今の攻撃の瞬間、ワンチェンの予想外のカウンター攻撃を避けて体勢が崩れたため、ワンチェンとディオに決定打を与えられずに終わったのだ。

「ディ……ディオ様ァァァァ!」

 ディオが傷を負った事で慌てふためくワンチェンは、我が身の傷など意にも介さず、目の前のブチャラティから大きく距離を取った。
 一方、ディオは全然動揺した様子がないまま、左頬から流れてきた血を舐めると、うっすらと笑みを浮かべた。狼狽したワンチェンが散々心配や詫びの言葉を連発しているのは完全に無視している。

「見事だったぞ、ブチャラティ。あの一瞬でワンチェンの追撃を読み、床に潜って逃げるとはな。ワンチェン、やはりおまえ1人では荷が重いようだな」
「そ! ……そのような事は決して……」
「いやいや、別に咎めるつもりはない。相手は戦闘向きのスタンド使い、仕方のない事だ」

 ワンチェンはさっきのモストロ以上に大慌てだが、ディオには怒っている様子はない。むしろ楽しんでいるようにすら見える。

 一方、ブチャラティはますますワンチェンの正体に疑問を感じていた。
 爪の威力もさる事ながら、今度は大理石のテーブルを持ったまま3〜4メートルの垂直跳びだ。スタンドも使わずにこの怪力と身のこなし、非常識どころかもはや完全に人間の限界を超越している。まさに「化け物」だ。しかも、何故か全く呼吸が乱れていない。まるで呼吸自体をしていないかのようだ。
 それに……近付いてみてわかったが、この老人、何か奇妙な、まるで腐ったような臭いがする。部屋中に漂っている異臭……てっきり犠牲者達のものかと思っていたが、もしやこいつが発生源……?

 そして、ディオは言葉を続けた。

「2人とも少し待て。どうやら先にやるべき事があるようだ」
「は?」
「何?」



16.正義と悪
〜 Sense of Values 〜


「おい、モストロ!」
「え……あ、はい!」

 ディオに名を呼ばれ、半ば呆けていたモストロが我に帰る。

「どうやら外にもまだ観客がいるようだ。お連れしろ」
「な!? ……は、はい!」

 室内の全員の視線を背に受けながら、モストロが大急ぎで鉄扉から外に出た。
 何やらモストロが怒鳴る声と、か細い悲鳴らしき音が聞こえる。どうやら部屋の外にいる誰かを引っ張り込もうとしているようだ。そして数十秒して、モストロが室内に戻ってきた。

「さあ! 早く入れ!」
「お、お許し下さい! わ……わたくしは何も……ああッ!」

 モストロに強引に引っ張られ、1人の女が室内に放り出された。
 赤毛でショートカットの小柄な女。やや童顔気味だが、まぁ「美人」と呼べそうな顔だ。一応、20歳ぐらいだろうか。
 ブチャラティはその女に見覚えがあった。モストロとの商談の時に会った、この屋敷のメイドだ。確か名前はヴィッティマ・プレーダ。来る前に調べたところ、どこの組織にも属していない、ごく普通の一般人のはずだ。

「モストロ、何か? その小娘」
「ああ、屋敷のメイドだ。まったく! こんな所に入って来るとはッ!」
「お……お許し下さい……み、皆さんが慌しくなってっ、旦那様が血相をかっ……変え……て、書斎に向かわれ……たので、降りてみ……たら、本棚がズレていて……っっ……」

 ヴィッティマは大きな目を涙で潤ませて震えている。無理もない。一般人は殺し合いなど見た事もないだろうし、一般人でなくても「生ける生首」など見れば怯えたくもなる。
 どうやら好奇心が災いしてこの地下2階に辿り着き、モストロが扉をロックしたので閉じ込められていた、というところか。部屋の鉄扉は完全に閉まってはいなかったから、おそらく隙間から室内の様子を見ていたのだろう。

 ブチャラティはヴィッティマの身の安全を危惧していた。別に人質にされなくても、これだけの秘密を知ってしまった彼女をディオ達が生かしておくとは考えにくい。
 やむを得ない。卑怯といえば卑怯ではあるが、彼女に気を取られている隙にヤツらを……

「おいおいおい、レディをあまり手荒に扱うものではないぞ、モストロ」

 ディオ(を乗せたワンチェン)はゆっくりとヴィッティマの傍らにかがみ込んだ。ブチャラティの思惑に気付いているのか、扉の側に回り込み、ブチャラティを視野に入れられる位置をキープしている。

「モストロ、おまえの使用人の処遇、このディオに任せてくれないか?」
「え? は、はい! お望みのまま!」

 ヴィッティマを押さえ付けていたモストロは、命令通りに彼女から離れると、そのまま元いた壁際に立った。
 ワンチェンは喋るディオのために体勢を少し傾けながら、その鉄爪をいつでもヴィッティマの首を飛ばせる位置に留めている。

「さて……まずは名前をお聞かせ願えるかな?」
「ひ……あ、あの……ヴィッティマ……プレーダ……」
「よし、ヴィッティマ……私の瞳をよ〜く見てごらん……」

 言われるまま、ヴィッティマは涙にまみれた顔をディオに向けた。生首と正面から向き合って会話するという事は、ごく普通の女性にとってどれだけの恐怖なのだろう?

「怯えなくてもいい……すまないが、とりあえず私の頬の血を拭いてくれないかね? いや、本来ならその程度自分でやりたいのだが、この体ではそれも難しいのだよ」
「は……はい……」

 ヴィッティマは震える手でハンカチを取り出すと、丁寧にディオの左頬から流れる血を拭いた。無言だが、その口からは声の代わりに小さな嗚咽が漏れている。

 何もできずに様子を見守っていたブチャラティは、ヴィッティマがハンカチをしまいかけた時に妙な事に気が付いた。血を拭き取られたディオの頬に、血の出所のはずの「傷」がないのだ。いや、あるようにも見えるが、ついさっき付いたばかりの、肉まで達していた傷の痕にはとても見えない。

「うむ……ありがとう。なぁ、ヴィッティマ。見ての通り私は不自由な体でね。治す方法はあるのだが、そっちのブチャラティというお客人が邪魔をするんだ。だからこそ、彼が意地悪をやめて協力してくれるように交渉している。でもまだ長引きそうでね……少し食事を摂る必要がありそうなのだよ……」

 ここでディオは一瞬視線をブチャラティに向けた。業を煮やして行動を起こしつつあったブチャラティは、その動きを止められた。

「お……お食事です、か? そ、それで……し……たら、すぐ……お持ちし……ま……」
「いや、その必要はない。食事なら……今もうここにある」

 次の瞬間、ワンチェンの肩に巻き付いていたディオの血管のうち2本がほどけ、ヴィッティマの首筋に突き刺さった!

「な!」

 ワンチェンの動きばかりを警戒していたブチャラティは裏をかかれた。

 ズギュン ズギュン ズギュン

「あああああ!」

 ヴィッティマの顔からはみるみる血の気が失せ、そのまま干からびていった……。

(何だ……? こいつ何を? ……まさか、血を吸っているのか……?)

 これがディオの「食事」だというのか?
 そうだ、ディオといいワンチェンといい、行動があまりに人間離れしていると思っていたが、そもそも「人間ではない」のだとしたら……!

 ディオが血管を戻すと、そのままヴィッティマはうつ伏せに倒れた。
 ディオとワンチェンは笑みを浮かべているが、モストロはディオの「食事」を目の当たりにして怯えているようにも見える。

「フン! 待たせたな、『食事休憩』は終わりだ」

 ブチャラティは変わり果てたヴィッティマをしばらく見つめた後、ディオの方をにらみつけた。

「貴様……もしや、『吸血鬼』というヤツか……?」
「うむ、大した推理力だな、正解だ」

 これで納得できた。こんな化け物がまさか実在するとは……世間で言う「超能力者」であり、「幽霊」を仲間に持つブチャラティにも想像もできなかった。
 そして、それを理解し終えると、今度は誘拐された人々の事を思い出した。たった今、目の前でヴィッティマに起きたのと同じ事が彼らにも……。

「……そうやって……今まで一体何人の生命を吸い取った?」

 ディオはそれを聞くと小さく笑った。

「何がおかしい!」
「いや、失礼。1世紀以上前にもおまえと同じような質問をした男がいた。そういえば、ヤツもイタリア人のようだったな。そしてこのディオは昔も今も変わらずこう言うのだ!
 『おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?』となァァ!」
「……もう喋るな……話を噛み合せたくもねえ……!」

 ブチャラティの倫理観において、吐き気をもよおすような最低の「悪」とは、自分だけのために無関係で無力な者を踏みつける者を指す。ディオが繰り広げてきた行為はまさにそれだった。
 それを理解した時、ブチャラティの心から怯えが消えた。「恐怖」自体が消えたわけではない。単に怒りで我を忘れているわけでもない。恐怖を支配したのだ。
 「勇者」とは、決して「恐怖を知らない者」ではない。恐怖を知り、それを我が物として支配する事こそ真の勇気! ブチャラティの中の正義は今、彼に無限の勇気を与えているのだ!



17.生ける死者達の襲撃
〜 Living Deads & a Living Head 〜


「まだ色々とわからん事はあるが、そんな事はもうどうでも良い……今ここでッ! おまえ達を始末させてもらうぞ!」

 怯えが消えたブチャラティの目には、ディオの魔性の威圧感とはまた違った、しかし長年修羅場をくぐってきたからこそ持ち得る殺気が込められている。
 だが、それでもディオは動じない。

「もう少し静かにしてやれ。彼女がお目覚めだからな」
「彼女だと?」

 まさかと思ったブチャラティが視線を下げると、倒れていたヴィッティマがゆっくりと起き上がろうとしていた。

『ヴィッティマ!』

 ブチャラティとモストロが同時に叫ぶ。

「だん……な……様……わたくし、どうしたのでしょう……」

 ヴィッティマは完全に立ち上がった。顔を下に向けたままなので表情はよくわからないが、干からびていた顔も元に戻っているようだ。
 ブチャラティは犠牲者が1人減った事にとりあえず安堵感を覚えた。血を吸われたとはいえ、失血死に至るほどではなかったのだろう。

(……待てよ、『吸血鬼に血を吸われた』……?)

「旦那様……本当にわたくしはどうなってしまったのでしょう……『渇く』ん……です…………とってもォォッ! 渇くんですよォォォォ!」

 ヴィッティマが顔を上げた。それはさっきまでのヴィッティマの顔ではない。口には牙を生やし、眼球が飛び出さんばかりに目を見開いた「化け物」がそこにいる!

「ヴィッ……ティマ……」
「旦那様ァァァ! たまには旦那様がお飲み物を下さいなァアァァ!」
「ひィィィ!」
「やめろヴィッティマ!」

 ディオの声に、モストロに飛び掛ろうとしていたヴィッティマの動きが止まる。
 そしてヴィッティマがディオの方を向くのとほぼ同時に、モストロは再びその場にへたり込んだ。

「落ち着くのだ、ヴィッティマ。今より君の主(あるじ)はこのディオだ。君も私とワンチェンを手伝ってくれ。モストロには手を出すな。ドリンクならあのブチャラティからもらうといい」
「うふふふゥ〜、はァ〜〜いぃぃディオ様ぁ〜、かしこまりましたァアア〜〜」

 ヴィッティマはそう答えると、ブチャラティの方に向き直った。その目は既に人間の目ではない。

「お客様ァァァ〜〜……血ィ、少し分けて下さいよォォォ〜〜。さっきコーヒーお出ししたじゃあァありませんかァアア〜〜」
「ヴィッティマ……」

 ブチャラティは顔をヴィッティマに向けたままでディオに話しかけた。

「……元には……戻らないのか?」
「フン、試したいなら止めはせんが、あまり勧めはせんぞ。彼女は既に死んでいるのだからな。『屍生人(ゾンビ)』と呼んでいるのだがね」
「そこのワンチェンもか?」
「ああ。こいつは元々、このディオの故郷ロンドンの貧民街で東洋の毒薬を売っていた老人だ。気をつけた方がいい。屍生人達は少なくとも、馬車を放り投げられる程度のパワーはあるからな」

 激しい自責の念がブチャラティの中に湧き上がった。ヴィッティマが血を吸われる前に助けていれば、それ以前に、彼女が発見される前にワンチェンとディオを倒していれば……。
 いや、今は後悔するべき時ではない。これ以上の犠牲者を出さないためにも、この場でこいつらを倒さねば。
 ヴィッティマにしても、救ってやれないというのなら、せめてこの手で「本当に死なせてやる」しかない……!

「さて、ワンチェン、ヴィッティマ、続きを始めろ」
「ヒヒヒ! かしこまりましたね! ほれヴィッティマ、ヤツの後ろね!」
「ハァァィイィ〜〜ああはァははぁぁァ〜」

 ヴィッティマがブチャラティの背後に回ると、2人の屍生人は豹のスピードで部屋中を駆け回り始めた。壁や天井による三角跳びを交えたその動きはまさに縦横無尽! ヴィッティマの方は丈の長いワンピースとエプロンが邪魔になっているようだが、それでもその動きはおよそ人間の限界を超えている。いや、当然だ。もう人間ではないのだから。

 じりじりと移動しつつ間合いを取りながら、ブチャラティは自分の敵について考えた。
 映画の吸血鬼は心臓に杭を打つ事で殺せたが、目の前にいる吸血鬼には心臓そのものがない。部屋の壁にはご丁寧にも十字架を飾っている。太陽の光で死ぬのかどうかは不明だが、残念ながら夜明けまでまだ数時間ある。幸いな事と言えば、全身を霧に変化させたり吸血蝙蝠の大群をけしかけたりしてこない事ぐらいか。
 しかし、本当に完全な「不死身」ではあるまい。となれば……考えられる急所は脳だけだ。
 そしてもう1つ。おそらく「吸血鬼」に比べて「屍生人」の能力はかなり劣るはずだ。現に、ディオと違い、ワンチェンの体の傷は全く再生する様子がない。
 現状で分析できる事はこのぐらいだろう。今やるべき事は、目の前の化け物どもの脳天をジッパーで叩き割る事!


「URRYYYYYY!」

 ワンチェンが鉄爪を振りかざす。『スティッキィ・フィンガーズ』は腕でそれを払いのけ、そのままワンチェンの顔面めがけてパンチを繰り出すが、ワンチェンは横に跳んでそれをかわす。

(ディオの指示か!)

 次なる一撃を放とうとしたブチャラティの背後に、今度はヴィッティマが迫る!

「くっ!」

 やむを得ず、ブチャラティはワンチェンへの攻撃を諦め、屍生人達の逆側に跳んだ。2人が追撃してくれば、スタンドでカウンターを喰らわせる事は可能なはず。
 しかし、ワンチェンはそのまま攻撃するのではなく、ブチャラティの死角へと移動した。ブチャラティがワンチェンに注意を払った瞬間、再びヴィッティマが殴りかかる。迎撃は可能だが、そうすれば今度こそワンチェンの攻撃を避けられない。結局ブチャラティは再び逃げを打った。

 屍生人達のコンビネーションによるヒット・アンド・アウェイに対し、体さばきで遅れをとりながらも常にカウンターを狙える状況を整えるブチャラティ。そんな攻防が数分間繰り広げられ、結局誰もダメージを受けないままだった。

 屍生人達の身体能力はまさに驚異的だが、『スティッキィ・フィンガーズ』とて負けてはいない。しかも「スタンドはスタンドでしか倒せない」という基本ルールに守られているから、ワンチェンの鉄爪だろうと軽々とガードできる。
 しかし、生憎と屍生人は「2人」だし、ディオというサポート役もいる。そしてブチャラティ本体は生身の人間。屍生人から見れば攻撃力などないに等しいし、身のこなしも次元が違う。何よりも、各々の攻撃力は全て、当たり所次第では決定打になり得るものだから、みんな防御と回避には手を抜けない。
 ここまでなら「均衡状態」なのだが、ブチャラティには重要なハンデがある。

「ウェヘヘヘヘヘ、どうしたね? だんだん息上がってきてるねェ!」
「ウウフゥフゥフゥウゥゥ〜〜お客様ァ〜〜そろそろお休みになりなさいなァアアッ!」

 ハンデ、それは屍生人である2人と違い、ブチャラティは「生きている」という事だ。それはつまり、彼だけは動けば動くほど体力が減っていくという事を意味する。もしこの攻防が長く続けば、やがて力尽きるのはブチャラティなのだ。

(まずいな……このままでは……)

 と、この時、ワンチェンがヴィッティマに向けて一瞬何かの合図を送った。ブチャラティはその意味を理解し損ねたが、ワンチェン達はそれを推理する暇を与えない!

「お客様ァ、あんまり暴れないで下さいよォ〜〜! 『ズレちゃった』じゃあァないですかァァアッ!!」

 ヴィッティマはそう言ったかと思うと突然かがみ込み、今までの攻防による破れ目からカーペットを引っ張った!

「うお!?」

 数十cm程度の動きではあるが、不意に、しかも素早く足場を動かされたブチャラティは、そのまま仰向けに大きく転倒した。
 カーペットがあるとはいえ床はコンクリート、その衝撃が一瞬ブチャラティの呼吸と動きを止める。

「かかったね!」

 横たわって天井を見るブチャラティの視界にワンチェンが飛び込み、鉄爪を振りかざす!
 だが、不自由な体勢ながらもブチャラティはスタンドを出し、その前腕で鉄爪を外側に払った。バランスを崩したワンチェンは、ブチャラティめがけて体ごと落下する。
 次の瞬間、鈍い音が部屋に響いた。『スティッキィ・フィンガーズ』がワンチェンの腹に膝蹴りを叩き込んだのだ。
 日本の柔道にある「巴投げ」に似た形になり、ワンチェンはそのままブチャラティの頭の先、鉄扉の方にふっ飛ばされた。部屋に大きく重い音が響き渡った少し後、ワンチェンは鉄扉からずり落ちるようにして床に倒れた。
 ディオはワンチェンの肩にしがみ付いたまま一緒に床に倒れている。

「ディ……ディオ様!」

 近くにいたモストロがディオ(モストロの認識上、ワンチェンではない)の元に駆け寄る。
 ブチャラティが素早く立ち上がると、ヴィッティマもまた素早くその射程外に出た。自分と女屍生人が互いに間合いの外にいる事を認識したブチャラティは、そのまま視線を鉄扉の方に向ける。
 案の定、鉄扉が少し歪むほど強く叩きつけられたにもかかわらず、ワンチェンは肋骨数本の骨折を苦痛に感じる様子もなく、何事もなかったかのように立ち上がろうとしている。

「流石だな、ブチャラティ。だんだん屍生人2人相手の戦闘にも慣れてきたようじゃあないか」

 こちらもノーダメージらしいディオが微笑を崩さずに言った。
 それに続くように、立ち上がったワンチェンが口を開く。

「人間風情がやってくれるね。いかにパワーやスピードで上回っても、我々にスタンドが見えない事に変わりないね。ディオ様のサポートがあるとはいえ、これ、大きなハンデよ」

 まだ何か企んでいる。ワンチェンの余裕の態度がそれを物語っている。

「そこで! スタンドが見えようが見えまいが関係なくなる闘い方を考えたね!」

 ワンチェンが鉄扉の方に手を伸ばす。その先にある物は……

(まさか!)

「我々は闇に生きる者! だがしかし! おまえはどうかねブチャラティィィ!」

 ワンチェンの鉄爪の先が軽い音を立てる。
 1秒後、電灯のスイッチを切られた部屋は、暗闇に覆われた……。



18.静止した闇の中で
〜 HELL in a CELL 〜


 なまじ広いがために、部屋の中は真っ暗だった。さっきまで半開きだった鉄扉は、モストロがヴィッティマを部屋に入れた時に閉めてしまったのだ。一応、これまでの激闘で鉄扉が歪んでわずかな隙間ができているため、100%完全に光が閉ざされているわけではないはずだが、それでもブチャラティにはワンチェンの陰も形も見えない暗さだ。

 何という解決策だろう。こうして誰も何も見えなくなれば、確かにスタンド使いであろうがなかろうが条件は同じという事になる。
 しかし、これでは屍生人達も何も見えないはずだが……?

 チャッ

「!」

 背後からかすかに聞こえた金属音に対し、ブチャラティは反射的に振り返る! 同時に、体の前で交差させた『スティッキィ・フィンガーズ』の両腕が、刃物らしきものを受け止めた。

「チッ! よく防いだあるね。だがいつまで持つかねェェェ!」

 ブチャラティはただちに声の聞こえた位置を攻撃するが、スタンドの逞しい拳は虚しく空を切るだけだった。またもやヒット・アンド・アウェイか。
 とりあえず、ブチャラティはスタンドの腕で周囲の空中を探り始めた。適当に振り回しているだけだが、触れさえすればその時点でジッパーを貼り付けられるのだから、ある意味これだけでも立派な攻撃と言える。しかも、スタンドである以上、伸ばした腕を攻撃されるような心配もない。

 約1分の後、ブチャラティは左前方からまたさっきの金属音を聞いた。ワンチェンの鉄爪篭手からの音だろう。しかし、今の音はまだ鉄爪の間合いの外だ。
……待てよ。ワンチェン(と、おそらくディオ)がそこにいるというなら、もう1人の屍生人ヴィッティマは……まさか!

 ブチャラティが右に跳ねてから1秒もしないうちに、ブチャラティが元いた場所から重く鈍い音が響いた。 「そこか!」と叫びつつ繰り出したスタンド攻撃は、またもや空振りに終わる。

(おかしい……ヤツらは明らかにこちらの位置を把握している。何故だ? ヤツら化け物は完全な暗闇でも目が見えるのか? それとも音か? あるいは全く別の手段か? どちらにせよ、闇の中での闘いはヤツらに分があるらしいな……)

 ここでブチャラティは初めて「撤退」について考えてみた。敵が化け物でしかも複数である以上、一旦離れて体勢を立て直す方が得策かもしれない。
 だが、このまま逃げ切ったとして、ヤツらはそれからどうする? 更に多くの犠牲者を出すに違いない。いや、誘拐された人々はみんな殺された「だけ」らしいが、ヴィッティマのように屍生人にされるような事があれば、おそらくは屍生人が屍生人を生み、鼠算で化け物が増える事になるだろう。

(やはり、今この場でやるしかないって事のようだな)

 下手に電気を点けに行ったりすれば狙い撃ちにされるだろう。ジッパーでの地中移動にしても既に読まれているだろうから、下手をすれば床に潜った途端、コンクリートをブチ抜いて攻撃される。そもそも暗闇のせいで室内の状況や現在位置がはっきりわからない。
 となれば、とりあえずこのままの状況で闘った方が良さそうだ。

 ブチャラティが五感を研ぎ澄まして周囲の全てに気を配る。目はまだ慣れない。音は……かすかに聞こえる。呼吸音こそ全く聞こえないが、鉄爪の金属音、テーブルの欠片が踏まれる音、足音や衣擦れ等、ごくごくかすかな音ではあるが、確かに聞こえる。ワンチェンの攻撃の時は更に、鉄爪が風を切る音も聞こえるはずだ。だが、それだけの音では、否、「音だけでは」まだ足りない。
 いや、もう1つある。臭いだ! ヴィッティマと違い、ワンチェンは全身から腐臭を放っている。ちょうど良い。これで少なくともワンチェンとヴィッティマの区別はできる。ワンチェンを狙えば、上手く行けばディオも一緒に倒せるかもしれない。
 この時、ブチャラティの脳裏に一瞬、「ディオを倒せばヴィッティマが元に戻るかも」という可能性がよぎった事は言うまでもない。


 5時の方向から金属音がゆっくり近寄って来る。ワンチェンだ。
 来い、もう少し側まで寄って来い。もう少し、ほんの少し、あと3歩、あと2歩…………止まった? 逃げられたか?

 スチャッ

「そこだあぁぁぁ!」

 『スティッキィ・フィンガーズ』の繰り出した数発の拳撃が、闇に覆われた何かを捉えた。
 相手が見えなくても感覚でわかる。ジッパーは殴りつけた相手に確かに張り付き、そのままバラバラに切開した。
 やったか!?
 ……いや、おかしい! こいつからは何の臭いも……

「ハズレね!」
「!?」

 完全に不意をつかれての攻撃に対し、流石の『スティッキィ・フィンガーズ』も今度こそ完全な防御を間に合わせる事ができなかった。
 ブチャラティの左前腕に鋭い痛みが走ったかと思うと、次の瞬間には血が噴き出た。

「うおおお!」

 ブチャラティは傷口を手で押さえるより速くスタンド能力を発動させ、鉄爪の跡をジッパーで完全に縫合した。痛みは残るが、これで出血は防げる。

「ほぉ、ジッパーで物体を接合する事もできるのか。汎用性のある良い能力だ」

 闇の中からディオの声がした。
 しかし、今のはどういうわけだ?
 ジッパーでバラバラになったまま足元に転がっているものに触れてみると、それには一切弾力はなく、重く、しかも体温が全然ない。

(この感触……石? ……この部屋に飾ってあった大理石の彫像か!)

 おそらく、こちらの攻撃を誘って放り出したのであろう。さっきから不自然なほど鉄爪が鳴っていたのはそのせいか。
 闇に乗じての「変わり身」……単純ではあるが、実に効果的な戦術だ。骨に届かない程度の傷で済んだ事をむしろ幸いと思うべきかも知れない。

「ウウヘェッヘェッヘェ! 傷口だけ塞いでも無駄な事ね! おまえ、もうおしまいよ!」

 声の聞こえる位置はブチャラティのスタンド射程距離外だ。いや、それでも攻撃できないわけではないのだが、まだ深追いは危険だ。
 ブチャラティが闇に向かって話しかける。

「この程度の傷を負わせた事がそんなに嬉しいか? どうやら化け物とはいっても戦闘においては所詮素人に過ぎないようだな」
「気取ってられるのも今だけよ! もう手遅れ、後は時間の問題ね! ゆっくり恐怖を味わうが良いね!」

 ワンチェンの声が途絶えた瞬間、ブチャラティの背後で空気が音を立てた。
 そのままブチャラティがスタンドで裏拳を繰り出すと、その腕が何かを弾き飛ばし、少し離れた床に何か大きな物が落ちた。

「お客様ァ〜〜ぁぁああんまりじゃあないですかァァ〜ハハァァア〜〜」

 やはりヴィッティマか。
 屍生人達はこの状況にどんどん慣れてきているようだ。今にしても完全に間合いに入られていたし、当たったのがスタンドの「拳」ではなく「前腕」だったからジッパーを付け損ねた。

(これは早くケリを付けなければならないな……ならば!)


 ここから状況は急転した。
 今までの闘いは、互いに位置を悟られぬよう動いては隙を見て攻めるというものだった。しかし今度は違う。ブチャラティは自ら部屋中を駆け回り、何かの気配を感じればただちに『スティッキィ・フィンガーズ』のラッシュを繰り出す。的を外した拳はそのまま壁や床に直撃し、その度にジッパーが開いては暗黒の亀裂を生み出した。床のジッパーはすぐに消えるが、壁のジッパーはそのまま残り続けている。


 一方、ワンチェン達はブチャラティがアグレッシブに攻撃に出てから、直接攻撃を受ける事こそないものの、攻撃を仕掛ける事も全くできなくなった。あれだけのスピードでスタンド攻撃を繰り返されては、ディオの指示があっても対応が間に合うはずがない。これでは迂闊に近寄れない。しかし……

(まったく馬鹿な小僧ね! スタンドを動かす事がどうなのかは知らんが、ヤツ自身は走り回ればそれだけバテていくはず! ただでさえ近付いてるタイムリミット、自分でどんどん早めるが良いね!)

 ワンチェンがまだ圧倒的有利を確信できている理由の1つは、ブチャラティの位置が丸わかりである事だ。元々太陽の光を浴びる事ができない彼らは、当然ながら先天的に暗闇での活動を得意とする。夜目は猫よりも利くし、聴覚や嗅覚も人間の数倍だ。
 屍生人にとってスタンド攻撃は驚異だったが、「ブチャラティ本体」から逃げる事は簡単だった。何しろスピードが違う。それにこの「かくれんぼ」には、「続ければ続けるほど鬼だけが疲れてノロマになる」「隙があれば鬼を倒しても良い」という変わったルールがある。

 ディオの命令は、要約すれば「できる事ならブチャラティを生かしたまま洗脳する」「困難なら殺してから屍生人化して下僕にする」というものだったが、ワンチェンは内心では殺したがっていた。
 生け捕りの難易度の問題もある。あわよくば血を吸いたいという欲求もある。しかし問題なのはそんな事ではなく、単にブチャラティが目障りなのだ。

(ディオ様はこいつらスタンド使いを高く評価し過ぎね! 所詮こいつらは限られた時間しか生きられない脆弱な虫ケラ! あの神父といいエジプトにいた頃の連中といい、生身の人間風情がちょいと妙な能力があると思って何様のつもりか! それに、あの神父のスタンドで意識を奪われたまま長いこと箱詰めにされてた恨みがあるね! 構うものか、このままブッ殺してくれるね!)

 ワンチェンはブチャラティの進路を避けつつも、常に攻撃の機会を待っている。向こうではヴィッティマもまた攻撃態勢を整えようとしている。
 そうこうするうちに、ブチャラティの動きが急激に衰え、攻撃が止んだ。

(ほれ来たね!)

 2人の屍生人は部屋のほぼ中央にいるブチャラティを挟んで立った。ブチャラティは少し呼吸を整えるようにしつつ、そのままただ立っている。
 ワンチェンがヴィッティマに攻撃の合図を送ろうとした矢先、ブチャラティが口を開いた。

「おまえ達の踏み出すその一歩が……どこへ向かうのか、知っているか?」
(……?)
「北極での旅は、わずかな一歩が運命を分ける……常に問いかけながら、冒険者は進むのだ……その一歩が、未来へ向かっているのか? 奈落へ向かっているのか?」
(コイツ何言ってるね! 追い詰められて頭おかしくなったかッ)

 ブチャラティの言葉の持つ意味はワンチェンにもヴィッティマにも、そしてディオにさえもわからなかった。だが、屍生人の2人と違い、ディオだけはそれを推理しようとしていた。

 言葉自体の意味もさる事ながら、ディオにはさっきからのブチャラティの行動がどこか腑に落ちないのだ。「数撃ちゃ当たる」という手段はある意味では非常に効果的だが、それだけだとは思えない。
 もう1つわからないのが壁のジッパーだ。何故壁の「向こう側まで」穴を空けて光を入れようとしない? それに、壁のジッパーを消さずに残しているのは何故だ? 床のジッパーをすぐ消したのは足場を損なわないためだとして、壁の方だけ残すのはどう考えても無意味だ。

(……待てよ、もしも本当に意味がないのだとしたら……!)


「おまえ達は……どこへ向かう?」

 わけのわからないブチャラティの台詞に、とうとうワンチェンは痺れを切らした。

(くだらないゴタクは聞き飽きたね! このまま斬り殺してくれるねッ!)
「まずい! 何かまずいぞ! ワンチェン、戻れッ!」
「スティッキィ・フィンガーズ……ステップ・オブ・ルーザー(敗者の決断)!

 直立するブチャラティの前で『スティッキィ・フィンガーズ』が床に数発のパンチを叩き込む。すると!

 ゴバアアア

 床全体が一瞬揺らぐと同時に、ブチャラティの足元から幾条もの何かが放射状に広がり、それに合わせてあちこちでカーペットがズタズタに千切れ飛ぶ!

「ヒャッ!」
「!?」

 ディオの視界の中、突然ヴィッティマが床に「落ちた」。

(こ……こいつ、何を……?)

 得体の知れない揺れに立ち止まったワンチェンの肩の上で、ディオが視線だけを動かして部屋の中を見渡す。

「ヴィッティマ……」
「動くなワンチェン!」

 ディオの命令も一瞬遅い。ワンチェンが踏み出した足はカーペットの破れ目の上に置かれ、そのまま床にめり込んだ!

「アヒィ!」
「これは……ジッパーの『地割れ』! ヤツめ、さっきからの攻撃で床にこれをッ!」

 さっきからブチャラティが繰り出していた無数の攻撃には、1発たりとも「誤爆」はなかった。カーペット上でジッパーが閉じて消えたその時、カーペットの下にある床そのものには、「閉じた状態の」ジッパーが残っていたのだ。
 壁にだけわざと残しておいたジッパーは、敵の注意を引き付けるための布石だ。これにより、元々カーペットと暗闇に守られていた床のジッパーは完全なる死角となる!
 こうして床には蜘蛛の巣の如くジッパーが配置される事となった。ジッパーが織り成す蜘蛛の巣の中心は部屋全体のほぼ中央に位置し、しかもそこには全てのジッパーが開いてもちょうど大人1人ぐらいが無事でいられる程度の「安全地帯」が確保されている。
 ブチャラティは自分で創り出したジッパーの位置や状態なら感覚で悟る事ができる! それを頼りに「安全地帯」に移動し、ほとんどのジッパーの引手が集中している足元めがけてスタンドの拳を叩きつける! 最少のアクションで最大の効率をもってジッパーが作動! 結果、部屋の外側に向かって一斉に開いたジッパーによって、床の大半は引き裂かれた。しかも、室内が暗闇に包まれているせいで、屍生人達の目でも地割れが見づらい!
 もちろん、その気になれば壁をジッパーで切開し、光を入れる事も逃げる事もできたが、敢えてそれをせず、敵にとって圧倒的有利なはずの戦場を、自らの必殺の罠へと作り変えたのだ!

「地獄の口に呑まれるがいいぜ、化け物ども!」



19.痛恨の失敗
〜 The blunder 〜


「ディオ様、ご無事ですかぁぁ! 一体何が起きているのですッ!」

 モストロが叫ぶが、返事をする者はない。

 ヴィッティマはジッパーの地割れにほぼ全身丸ごとハマり、這い上がろうと掴むカーペットも自分の体重で破れるため、蟻地獄に落ちたようにもがいている。いっそこれが崖や本物の地割れなら壁面に手足を付く事もできるのだろうが、生憎とジッパーの下で動かす足はどこにも触れる事はなかった。しかも、そうやって動こうとすればするだけカーペットの破れが広がる。おまけにジッパーの影響で周囲の床が柔らかくなっていて、体重をかけると一層体勢が悪くなる始末だ。

 一方ワンチェンは……

「ヒ……ヒヒヒ! どこまでもこざかしい小僧ね! でもここまでよ!」

 鉄爪を杖のように床に付き、どうにか足を床の上に出した。
 後はジッパーを跳び越えてブチャラティを攻撃するだけだ。

「くたばるがいいねェェェ!」
「待てワンチェ……」

 またもやディオの声はわずかに遅く、ワンチェンは床の、カーペットがまだ残っている部分に力強く足を踏み込む!

 ドボォォォ

 ……と同時に、ワンチェンはカーペットごと床に沈んだ。
 別にジッパーの上にあったカーペットの全箇所が破れていたわけではないのだ。

「己の踏み出す一歩が向かう先、やはりわかっていなかったようだな」

 ワンチェンが落ち込んだ地割れは、ヴィッティマのものより更に大きく口を開けており、ワンチェンは鉄爪だけで留まっていた。一方、ヴィッティマはどうにか上半身のほとんどを床の上まで出したところだ。
 ブチャラティも大体この状況に気付いていた。
 屍生人達を相手に、このまま地割れに落としてジッパーを閉じるだけでは足りない。今ここで必要なのは更なる追い討ち!

「閉じろジッパー!」

 再び『スティッキィ・フィンガーズ』が拳を打ち下ろすと、その部分からジッパーに新しい引手が生まれた。そして、両端に引手ができたジッパーは、中央に向けて一斉に閉じ始める!
 ワンチェンとヴィッティマが慌てて穴から抜け出そうとするが、ジッパーが閉じるパワーとスピードもまた凄まじい。結局ワンチェンは胸、ヴィッティマは腰の辺りでジッパーに挟まれる形となった。

「そのまま噛み砕かれるんだな」
「グギィ……ィィィ……」

 ワンチェンとヴィッティマは必死になって手に力を込めるが、ジッパーを押し戻す事ができない。ジッパーの歯が少しずつ体に喰い込み、骨がきしみ始めている。このままでは胴体を真っ二つにされるのも時間の問題だ。

(チッ! マヌケどもが!)

 そんな中、ディオは既にワンチェンから離れ、血管触手でゆっくりと床を移動していた。そしてブチャラティもまたそれを予測しており、まだ闇に慣れぬ目で周囲を見渡している。

(だがブチャラティ! 策を弄すれば弄するほど人間には限界があるのだよ! 貴様はミスを犯した! 貴様は我が下僕に過ぎぬ屍生人どもを倒そうとして、自らこのディオにとっての『理想の決着』への道を切り開いたのだ!)

 ディオにとっての『理想の決着』、それはブチャラティを生きたまま傘下に加える事。それを可能にする手段とは、ディオの吸血鬼としての能力の一端である『肉の芽』だ。
 ディオ自身の細胞を変化させて生み出す『肉の芽』は、人間の脳に植え付ける事で、相手の精神からディオに対する忠誠心を呼び起こすコントローラーだ。ロボット同然に操るというのではなく、相手の知性や記憶を壊す事なく、忠実な下僕に変えるのだ。しかも、「人間のまま」洗脳する以上、屍生人のように太陽を弱点にする事もない。
 無論、闘いながら相手に『肉の芽』を植える事は容易ではない。だからこそ、それが叶わなければ殺して屍生人化する事で下僕にするつもりだった。
 しかし! 今の状況なら不意討ちには最適だ。ディオには屍生人のような腐臭はない。下手に何かを踏みでもして音を立てなければ、ブチャラティに気付かれる道理はない。ワンチェン達が捕えられているもの以外のジッパーは既に消えている。後は『肉の芽』の間合いまで接近するだけだ。


「ディオ様ァァ! どうなされたのですか! ワンチェン! ヴィッティマ! 返事をせんかァッ!」

 相変わらずモストロが怒鳴っているのが耳障りだが、これでブチャラティはますます音が聴き取りにくくなっているはずだ。


 ブチャラティは油断を見せる事なく周囲に全神経を集中しているが、まだディオの位置を全く掴めていないようだ。いや、屍生人達がジッパーで胴斬りになるのを待っているのだろうか。あるいはディオを捜すのではなく、ディオが攻撃してきたところにカウンターを叩き込むのが狙いなのか。とりあえず、電灯を点けに行く気はないらしい。

 そして遂にディオは攻撃ポイントに到達した。ブチャラティの左斜め前方2メートル余り、『スティッキィ・フィンガーズ』の射程距離のぎりぎり外側。後はブチャラティが顔か体全体をもう少し左に向けるのを待つだけだ。
 ディオの黄金色の髪がゆっくりと伸びていく。そのうち1束の先端に小さな肉片が生まれ、そこから針状のものが生える。『肉の芽』の完成だ!

「ディオ様! ディオ様ァァ!」

 しつこく響くモストロの怒鳴り声の中、ディオの髪は少しずつブチャラティの顔面に近付いていく。残る距離は既に1メートルを切り、ブチャラティはそれに気付いていない!

(終わりだブチャラティ!!)

「ディオ様、暫しお待ち下さい! すぐに…………あった!」

 パチッ

『な!?』

 ディオは驚きの声とともにモストロに視線を移した。ディオだけではない、ブチャラティもワンチェンもだ。
 誰も予想していなかったのだ。状況を把握できていないモストロが、まさか部屋の電灯を点けるとは。

「……は! し、しまっ……」

 ガシッ!

 ブチャラティの顔面近くから縮んで戻ろうとしたディオの髪は、『スティッキィ・フィンガーズ』の左手に捕えられた。

「グラツィエ(ありがとうよ)、モストロ……!」

 掴んだ!



20.涙
〜 Torn by Tears 〜


 ディオの毛先の『肉の芽』を見つけたブチャラティは軽く驚いたが、すぐにその意味を察した。

「なるほど、『交渉』とはこういう事か……だが、どうやらこれで決裂だな」

 そう言うと、ブチャラティはスタンドの手で『肉の芽』を握り潰した。

(ま……まずい! 『肉の芽』などどうでも良いが、掴まれたままでは……)

 ディオの顔に初めて焦りの色が浮かんでいた。もし今更モストロが再び電気を消したとしても逃げられない!
 そしてブチャラティはスタンドの左手に力を込める!

「終わりだディオ!!」

 『スティッキィ・フィンガーズ』の逞しい左腕がディオの髪を思い切り引っ張る! そのままディオの生首が引き寄せられる!

「くっ! 『ザ・ワールド』ォォ!
 (…………ダメだ、時を止められない……!)」

 更に、ブチャラティのスタンドは残った右手を固く握り締めると、引き寄せられてくる生首に向かって強烈な鉄拳を放つ! ブチャラティは勝利を確信した! そして遂にその拳がディオの顔面を捉える!


 次の瞬間、室内の数ヶ所で立て続けに血飛沫が上がった。
 そして――

「あ…………ディオ……様……? ……ディオ……さ……」
「ディオ様アァァァァァァァ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
「ディオ……さ……ま……どォ……し……て…………ひど……い……ィイイイ〜〜……」

 ――更に次の瞬間、ディオを除く4人がほぼ同時にそれぞれ声を上げた。

 ワンチェンの見つめる血溜まりの上では、ディオの生首が天井に顔を向けて転がっていた。意識があるかどうかは見ただけではわからないが、斜めに大きく走った裂け目からはまだ血が流れ出ている。ワンチェンの脳裏を10数年前のエジプトで見た光景がよぎった。
 モストロは魂が抜けたように座り込んでいる。完全に焦点がぼやけたその目からは、一筋の涙が流れ落ちた。
 そしてディオの心配をするべきもう1人であるヴィッティマは、うつむいたまま動かなかった。



 それらはまさに一瞬の出来事だった。
 ブチャラティのスタンドがディオの髪を思い切り引っ張り、ディオは時を止めて逃げようとするのも虚しく、無理矢理引き寄せられた。そこに『スティッキィ・フィンガーズ』がパンチを繰り出す。
 しかし、ブチャラティの不運はここにあった。
 自らのスタンドの右拳が標的に達するその瞬間、突き出した拳それ自体が障害物になり、ブチャラティはディオの「眼」を見る事ができなかった!

 新芽が生えてきた地面のように、ディオの瞳孔が内側から小さく突き抜かれ、その穴から何かが発射される!
 内部で凄まじい圧力をかけ、自らの体液を瞳から超高速で放出! その性質上、頭だけの身では燃費が悪くて連射が利かないが、その威力は人体を容易く貫通する、まさに「奥の手」! この場では誰も知らないが、それはかつてストレイツォという男が『空烈眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』と呼んだ技! かつてディオがジョナサン・ジョースターの息の根を止めた技!

 この時、ディオは「両目」から体液を放とうとしたのだが、左目からの体液は発射の瞬間をスタンドの拳に阻まれ、実際に飛んだのは右目から放った分だけだった。

 そしてディオの『空烈眼刺驚』と『スティッキィ・フィンガーズ』の右腕が空中で交差する!

 ディオが顔面のやや左側に攻撃を受けるのとほぼ同時に、『空烈眼刺驚』もまたブチャラティに届いた。だが、それはブチャラティの心臓をわずかに外れ、左の脇の間をくぐっていった。
 ディオの顔に大きくジッパーが走り、本来ならそのまま頭部が2つに分かれるはずだった。
 しかし! ディオが「殴られた」事で『空烈眼刺驚』の軌道が変わった!
 結局、レーザー光線にも似た体液は、ブチャラティの左腕を肩の近くから斬り飛ばしたのだった。

 左腕から血が噴き出した瞬間、流石のブチャラティもショックによって一瞬だがスタンドの制御を損ない、ディオに貼り付けたジッパーはそのまま消え、顔面に大きな裂傷を残すだけに終わった。
 スタンドのパンチ自体も完全に振り抜く事ができなかったが、それでも生首1つを弾き飛ばすだけの威力はあり、ディオは裂傷から血飛沫を上げながら壁に激突し、そのまま床に転がった。
 ブチャラティが激痛に絶叫したのはその数秒後である。

 何が起きたかほとんどわからぬモストロは、ディオが敗れたとだけ思い、叫ぶ気力すら失って、ただ静かに自らが崇める者の名を呼ぶと、そのまま思考を停止させた。
 ワンチェンにはスタンドが見えないが、その動体視力によって多少なりとも状況を把握していた。それでも己の主人の身に起きた事態を案じ、思わずその名を叫んだ。

 事情が違ったのはヴィッティマだ。
 彼女にはディオの身を心配するどころか、もう何かを考える事すらできなかった。
 ディオから見てブチャラティのちょうど真後ろにいた彼女は、ブチャラティを外れた『空烈眼刺驚』によって額を貫かれていたのだ。そして、軌道を変えた体液がブチャラティの左腕を切断するのと同時に、頭部を外側に向けて一気に切り裂かれた。
 唯一の急所である脳をここまで破壊された以上、不死の屍生人といえども今度こそ本当の「死」を迎えるしかない。自らの主に対し、何故自分にこんな仕打ちをしたのか最後に尋ねようとしたヴィッティマだが、残念ながら返事を待つ時間は残されていなかった。
 ブチャラティのダメージによってジッパーが閉じる力を失ったため、女屍生人はそのまま腰を切断される事こそなかったが、かと言って床に倒れる事も許されず、腰を固定されたまま上半身だけうつ向くように前かがみになって力尽きた。
 垂れ下がった前髪の陰から床にこぼれ落ちる血の雫は、赤い涙のようにも見えた。



 こうして全員がそれぞれ心身のダメージによって動きを失った中、いち早く次の一手を打とうとしたのは……

「何してるかモストロ! 早くディオ様をお助けするね! モストロォォ!」



21.大富豪モストロ氏の憂鬱
〜 Capitale Mostro 〜


 カピターレ・モストロと両親の関係は、言わば「ごく一般的な親子」だった。
 大富豪の御曹司という事で、カネに困った事こそないが、別に大して甘やかされて育ったわけではない。大富豪の御曹司という事で、将来に向けてそれなりに厳しい教育を受けたが、別に愛情のない家庭で育ったわけではない。小遣いが多くても、それ以上をねだったり無駄遣いをしたりすれば怒られたし、教育がハードでも、良い成績を上げれば褒められた。
 平凡な家に生まれながら真っ当な手段だけで一代で財を成した大実業家である父親は、家庭では少し退屈な、しかし大体「普通の父親」だった。
 絵画と読書を趣味に持つ専業主婦である母親は、時には優しく、時には厳しい、大体「普通の母親」だった。
 下手をすれば祖父母と孫ほども年の離れたこの親子は、広い屋敷で豪勢なディナーを囲みながらも、そこらの親子と同じように、学校の友達やサッカーについて話したり、出かける予定の休日に雨が降らないように祈ったりしていた。

 平均的レベルの「情」と平均以上の「物」に囲まれて育ったモストロは、自分が経済的・家庭的な面で恵まれているのは理解していたが、あまり自らを「幸福」だと思った事はない。
 学生時代はそこそこの二枚目だったし、少し真面目にやってみれば大体の事は人並み以上にはできた。いわゆる「帝王学」を学び、周囲からは「秀才」として知られていた。
 だが、学業もスポーツも恋愛も、いつも本当に満足できる結果には届かなかった。望んだレベルにはどれだけ努力しようがいつも達しなかったし、心から「勝ちたい」と思った相手には、どれだけ努力しようがいつも勝てないままだった。その原因が力不足か全くの不運かはその時によって違ったが、結果は似たり寄ったりだ。
 それでも、周囲から見れば常に「勝ち組」だったから、誰もその悩みを理解してはくれなかった。
 自分の目標が高すぎるのかと考えてみた事もあるが、やはりそうは思えない。別に必ず「1番」や「100%」でなければ気が済まないわけではなく、ただ自分自身が充分だと感じられれば良いのだ。スタートダッシュはいつも簡単にできるのに、最後はどんなに努力してもゴールに辿り着けない。少なくとも、モストロ自身はそう感じていた。

 やがて父親は病気で他界し、ほどなくして後を追うように母親も眠りについた。そしてモストロの元には、何もしなくても食べていくには一生困らないほどの財産と収入源が残る。しかし、いまだに心からの満足を味わった事がないという事実はどうしても忘れられず、元手を活用して様々な事業に手を出し始めた。その手がイリーガルな世界に伸びるまで、そう長くはかからなかった。

 32歳になったモストロは初めて妻を迎えた。相手は当時の秘書で、まさに才色兼備の女性だったが、モストロはやはりどこかに心残りがあった。相手に不満はない。ただ、心の片隅では「自分が愛されている」という事を信じきれていなかったのだ。
 その予感は的中しており、妻は結婚2年目にして浮気し、そのまま離婚する事になった。
 2度目の結婚は41歳の時、相手は年下の元モデルだったが、こちらは年内に破局を迎える。理由は単に、お互いに「飽きた」から。
 この場合、子供がいない事は幸運だったのか不幸だったのか。

 21世紀になってもモストロの心は虚しさに包まれていた。何をやっても特に損はしないが、特筆すべき成果を得る事もない。カネに頼れば大体の道楽を得られたが、それが何になるのかと思っている自分が常にどこかにいる。本心から幸福を感じる日は永遠に訪れないのかと思い始めていた。

 そんな頃、モストロは『矢』の存在を知る。
 「スタンド」と呼ばれる超能力については裏世界の噂で聞いた事があったが、まともに信じていなかった。しかし、それを引き出す道具があるというのなら……もしも本当にそんなものがあるのなら……。
 こうしてワラをも掴む思いで『矢』について調べ始めたモストロは、『矢』を所有しているのが国内有数のギャング組織だと知る。ここまで来ると、スタンド能力の存在の信憑性は非常に高くなってくる。逆に、相手が素直にそれを渡す可能性は低いだろう。どうしたものか……。

 あれこれ戦略を練っていた頃、モストロの前に1人の男が現れる。
 30歳前後のその男は、一見黒人のようでもあるが、アメリカ生まれのれっきとした白人だという。後で知った事には、父方の曾祖母がイタリア系の移民で、18世紀にはローマ法王を出した事もあるヴェネツィアの名門家系に通じるらしい。
 問題なのは男が「神父」であるという事だった。
 最初は胡散臭い男だと思った。どうせ寄付金をたかりにでも来たのだろうと決め付けるモストロを相手に、やがて神父は言った。

「人と動物の違い、それは『天国』へ行きたいと願う心にこそある。『天国へ行く方法』があるかもしれません。いや、『死ぬ』という意味ではなく、精神に関する事です。真の幸福とは、莫大な富を持つ事や他者の上に立つ事によって得られるものではない。貴方はそれを誰よりも理解しているはずだ。本当の幸福とは『天国』にこそある。そして、『天国』が如何なるものか、私の親友こそそれを解き明かす鍵を握る人物だと信じています。彼に会う事は、貴方を何よりも幸福な『真の満足』へと導くでしょう」

 安っぽい台詞のようでもあるが、モストロにとってはどんな名言よりも惹きつけられる言葉だった。もしもこの神父の言う事が本当であれば……。
 結局、モストロはその神父と再び会う約束をした。また、その時には神父の「親友」に会わせてもらう事にした。
 人はその生涯で何人の人に出会うのだろう? その生き方に影響を与える人というのであるなら、その数は少ないに違いない。
 そして、モストロは出会ったのだ。あまりにも強く、深く、大きく、美しい、自分を真の幸福に導いてくれる「救世主」に……。


 その救世主が今、目の前で血の海に沈んだまま動かなくなっている……。

 あまりにも大きな絶望感と喪失感は、モストロの思考を止めていた。
 完全な放心状態の中、遠くで誰かの声がする。

「何してるかモストロ! 早くディオ様をお助けするね! モストロォォ!」

(……………………)

「モストロォ! 聞こえないかモストロ! ディオ様はまだ生きておいでよ! モォストロォォ!」
「はっ!?」

 ワンチェンの声にモストロはやっと我に帰った。
 部屋の中を見渡し、大体の状況を把握する。ディオとブチャラティがそれぞれどんな攻撃を繰り出したのかはわからないが、要するに相討ちになったのだろう。ヴィッティマは……死んでいるのか?

「何キョロキョロしてるか! 早くディオ様をお助けしろと言ってるね!」
「あ、ああ! わかっている! 何度も怒鳴るな!」

 まだジッパーに挟まれて動けないままのワンチェンに怒鳴り返すと、モストロは転がっているディオに駆け寄った。
 よく見れば、閉ざされたディオのまぶたが微かに動いている。

(良かった! 死んではいない! ……どうする? 治るには血が要るのか? それとも他の何かか? ……そうだ、神父様なら何とかできるかもしれない! とにかくこの部屋を出ねば)

「やめろ……モストロ……」

 左腕を失ったままのブチャラティが言う。

「やめるんだ、モストロ……早く……ないと……ぐぅぅ……!」
「フッ! いいザマだな、ブチャラティ! だがっ! ディオ様がおまえのようなチンピラごときに敗れる事など所詮あるはずがないのだッ!」

 ディオを抱え上げたモストロが踵を返そうとした時、

「……ス……トロ……」

(……?)

「……モス……トロ…………」

 声の主はディオだった。

「ああ、ディオ様! よくぞ……」

 モストロの両目にじわりと涙が浮かんだ。  後は一旦この場を離れて体勢を立て直せば……

「やめろぉぉモストロォォォ! 逃げるんだあああぁぁぁぁ!!」

(…………?)

 モストロは顔だけをブチャラティの方に向け……

 ドス ドス

「……え……?」

 モストロは自分に何が起こったのかわからなかった。
 首筋に鋭い痛みが走り、痛みを感じる辺りからは赤い管のようなものが伸び、ディオの首の断面に繋がっている。

「……ディオ……様……?」

 ズギュン ズギュン ズギュン

「ごおおぉぉぉぉぉ!」

 自分の中から何かが吸い出されるのを感じたのを最後に、モストロの意識は闇に消えていった……。

「モストロォォォォォ!」



22.更なる悪夢へ
〜 Pleasure is Future 〜


 ブチャラティの声も虚しく、モストロはそのまま床に倒れて動かなくなった。

「フン! 流石に日頃から旨い物を喰っているだけあるな。歳のわりには随分と栄養があったぞ」

 ディオはモストロが倒れる前に血管触手で床に着地していた。まだ血まみれではっきりとは見えないが、顔の傷は既に閉じたようだ。ジッパーによる裂傷は「きれいすぎる」ため、いざ塞がれば治りが良いのだろう。

「ヒヒヒ、足手纏いが、最後は良いタイミングで役に立ったね」

 まだジッパーに挟まれたままのワンチェンが薄ら笑いを浮かべている。この結果は一応、半分ほどはワンチェンの狙い通りだった。

 ブチャラティは刺々しい目でワンチェンを一瞥すると、変わり果てたモストロとヴィッティマを順に眺めた後、その視線をディオに向けた。

「ディオ……貴様、自分の部下を……上に立つ者がっ! 自分を慕い、尽くしてきた部下をォォォ!」

 その瞳に確かな殺気を宿したブチャラティは、血に染まったカーペットの上に転がる左腕を乱暴に拾い上げると、そのまま切断面に押し当てた。
 一瞬『スティッキィ・フィンガーズ』が現れたかと思った次の瞬間、左腕はジッパーで元通りに接合されていた。ブチャラティが左手の指を曲げ伸ばしする。こちらも切断面が「きれい」だから、接合後の治りは良さそうだ。

 その光景を見て――

「チッ! ほんと厄介な能力ね!」

 ――ワンチェンは焦る。当然だ。ブチャラティが行動可能になったという事は、再びジッパーを閉じられるか、またはディオを攻撃される危険があるという事なのだから。
 ワンチェンは中途半端な閉じ具合のジッパーの脇に両手をつくと、胴をよじりながら強引に抜け出しにかかる!

「KAAA!」

 気合いとともに、ワンチェンは無理矢理その身を引き抜いた。
 抜け出す際、ジッパーの歯によって胴体がかなり傷付いたようで、ボロボロになった服がゆっくりと血に染まっていく。そもそも挟まれていた間にも骨が数本折れていたはずだが、大急ぎで再び自らの主人に駆け寄る中国人屍生人には、苦痛の欠片も見られない。

 それを見たブチャラティは、ディオやワンチェンを攻撃しようとはせず、後ろで半ば「立ち往生」しているヴィッティマの方に向かった。
 警戒を緩めずに女屍生人の顔を覗き込んでみるが、やはり死んでいる。いや、元々死んで屍生人になったのだが、今度こそ本当の「死」だった。

 ブチャラティは床のジッパーを少し緩め、スタンドでヴィッティマの体を抜き出すと、その場に仰向けに寝かせた。その顔は既に「屍生人の顔」だったが、口と両目を閉じ、少し血を拭ってやった顔は、それでも生前の面影を残している。
 ブチャラティは数秒目を閉じて簡単な黙祷を済ますと、立ち上がって再び敵を見据えた。
 無言の圧力! もしもモストロがまだこの場を見ていれば、確実に腰を抜かしていただろう。

 部屋の床や壁を覆い尽くしていたジッパーは全て消え、床は元通りになっている。気が付けば、最初から部屋にあった物体のほとんどが破壊され、ジッパーによる地割れに呑まれていた。テーブルの破片さえもほとんど残っていない。壁に掛かっていた絵も額縁ごとなくなっている。カーペットもズタズタだ。無事なのは壁の電話機と十字架、そして運良くほぼ無傷のままの椅子が1つだけだった。


「つくづく大したものだ。モストロの失敗があったとはいえ、一旦でもこのディオをあそこまで追い込んだのだからな」

 ディオは再び血管触手でワンチェンの左肩にしがみ付き、余裕の表情を取り戻している。
 そんな敵2人に対し、ブチャラティが一歩一歩足を進める。
 ……しかし、

「うっ!?」

 突然ブチャラティは床に片膝を付いた。

(な……何だ……? 力が……それにこの目眩……貧血か……? いや、違う……)

 どこか泥酔にも似た感覚に襲われるブチャラティの耳に、相変わらず不快な中国人屍生人の笑い声が届いた。

「デェェヘヘヘヘ、どうやら効いてきたね! スタンド使いも所詮ただの人間! こうなれば形無しよ!」

 目眩を振り切ろうとしながら、ブチャラティがワンチェンと目を合わせる。

「……これは……おまえの仕業だというのか……?」
「そうね! さっき言ったはずね、『後は時間の問題』と!」

 ブチャラティはワンチェンの台詞を思い出そうとする。そして、ハッとして左腕に目をやる。そこにはあるのは、ジッパーで縫合済みの鉄爪の傷痕!

「……その爪……毒か……!」
「その通りよ! わたしが調合した祖国秘伝の毒薬が塗ってあるね。その効き目、たっぷり味わうが良いね!」
「貴様……!」

 どうにか立ち上がるブチャラティだが、自分の体の異常ははっきりとわかる。

「無駄ね。その毒、死ぬ事こそないが、一旦効果出れば丸1日は消えないよ。どんどん麻痺してくその体で闘えるかねぇ!?」
「……そうか……致死性じゃあないのか。安心したぜ……!」

 口元だけで小さく笑うブチャラティだが、確かにワンチェンの言う通りだ。手足の痺れ具合、走る事ぐらいはできそうだが、屍生人の身体能力を考えると……。
 それに、毒はスタンドに対して直接の効果はないが、単純な体調不良と目眩による集中力の低下がある以上、間接的には多少なりとも影響するかもしれない。

(……これは……あまりにも大きなハンデを負ったかもしれんな……しかも、この先も症状が進行するなら、状況はどんどん悪化する……!)

 そこに、今度はディオが笑う。

「フン、無駄無駄無駄無駄。ワンチェンの言う通り、おまえが人間である以上、そこが限界なのだよ。強がりはやめる事だ」
「フッ……『強がり』はお互い様じゃあないのか?」
「何?」

 ブチャラティは口元に再び小さな笑みを浮かべる。

「俺が気付かないとでも思うか? さっき叫んだ『ザ・ワールド』というのはおまえのスタンドの名前だろう? あの絶体絶命の状況でも能力を発動できなかったぐらいだ、おまえは首だけの身となってスタンド能力を失っている! ……違うか?」

 今のブチャラティにとって、これは本当に大きな救いだった。だが、ディオの余裕は揺るがない。

「だからどうしたと言うのだ? 能力を発動できないとはいえ、スタンドを『見る』程度の事はできる。今のおまえの状態を考えれば充分ではないのか? それに、スタンド以外にもおまえを倒せる能力がある事はわかったろう?」

 確かにそうだ。しかも、ブチャラティはさっき左腕を切断された技(『空烈眼刺驚』)すら、ただ「顔から何かを超高速で放った」という程度にしか理解できていない。

「どうだ? 今からでも遅くはない。このディオに忠誠を誓わぬか? おまえは優れたスタンド使いだ。殺すには惜しい」
「……フッ……随分と紳士的な勧誘だな……」

 ワンチェンも口を挟む。

「強がっても、おまえ、もう終わりね。さあ、大人しく我らが主、ディオ・ブランドー様に従うが良いね!」
「『ブランドー』? 何だ、化け物にも『姓』はあるのか……」
「くだらん事で時間稼ぐでないよ! ほれ、とっととお答えするね!」
「何度も言わせるな……俺は死んでも化け物の走狗になど成り下がる気はない!」

 後悔はない。いや、後悔とは、この申し出に応じた時にこそ味わうものだ。それに、多少不利になったとはいえ、まだまだ希望を捨てるには早い。わずかでも希望があれば、どんな絶望的な状況からでも必ず未来を切り開ける! それはブチャラティがジョルノと出会い、ディアボロと闘ううちに学んだ事だ。
 誘拐殺人の犠牲者達や、その証拠写真を遺してくれたアールボのためにも、ここで諦めるわけにはいかない。

(待てよ…………『ジョルノ』……『写真』……………………?)

「フン! ならばしょうがない。死ぬしかないな、ブチャラティ!」

 ブチャラティの耳にはディオの声が届いていない。彼は今、眼前の状況を認識する余裕を失っている。毒のせいではない。全ては記憶との格闘によるものだ。

(ヤツの名前……『ディオ・ブランドー』……どこかで聞いた名だと思ったが……それに、よく見ればヤツの顔…………)

”会った事は一度もありません。僕がまだ幼い頃にエジプトで死んだそうです”

(……まさか……)

”母の話と写真でしか知らないんです”

(……そんな事が……)

”母が旅行中に知り合った男で、その時だけの関係だったそうです。結婚していたわけではありません”

(……嘘だ…………)

”この写真ですか? 僕の……です”

(ジョルノの…………)


「構わん、ワンチェン。そいつを仕留めろ。血を吸っても良いぞ」
「はぁい、ディオ様。そう来なくては! ウウヘェッヘェッヘェッ!」

「……ジョルノの…………『父親』……?」




To Be Continued !!



引力、即ち悲劇!?
白と黒を繋ぐ奇妙な因縁は何を導く!?


 というわけで、1年以上の時を経て帰ってまいりましたこの対戦。
既に「近未来」という設定はどこへやら。
プレイヤーの空条 Q太郎さん、読者の皆々様、本っっ当に長らくお待たせ致しました。
代打プレイヤーの言造さん、これから宜しくお願いします。

 すみません!
前回の後書きで「もっと早く、そしてもっとコンパクトに書き上げるよう努力します」と書いておきながら、結局どっちも全然守れませんでした!
それでも読んで下さった皆様に心からありがとう!


 さて、本編はえらい事になっちゃってます。
大ダメージと毒に加え、衝撃の真実に気付いてしまったブチャラティ!
……って、ワンチェン! 今のところ優勢だよ!
あのワンチェンが! あのブチャラティ相手に!
第1部のド脇役が! 第5部のメインキャラ相手に!
でもまだまだディオ様に食われてるぞ!

 果たして3人を待ち受ける運命は?
ジョジョ魂ファンの多くはマイナーキャラと判官びいきが大好きだぞワンチェン!
ジョジョ魂ファンの多くは逆転勝利が大好きだぞブチャラティ!
てなわけで、まだまだ勝負はわかりません。
有利な側は油断をせずに、不利な側は「NO断念!」で、戦略を練って下さい。
この闘いの行方はプレイヤーのソースに委ねられている!
MMはそろそろネタ切れだ!(爆)

 空条 Q太郎さんと言造さんは、最終ラウンドに向けて、それぞれ自分のキャラにとっての『理想の結末』、及び『それを得るための手段』などをテキトーに書いてメールでお送り下さい!


ラウンド1へ / ラウンド3へ / トップページへ戻る

対戦ソース

空条 Q太郎さんの「ワンチェン(with生首ディオ)」
かんなさん/言造さんの「ブローノ・ブチャラティ」


この対戦小説は 空条 Q太郎さん、かんなさん、言造さんの対戦ソースをもとにpz@-v2が構成しています。
解釈ミスなどあるかもしれませんがご容赦ください。
空条 Q太郎さん、かんなさん、言造さん及び、ワンチェン、ディオ、ブチャラティにもありがとう!

inserted by FC2 system