Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON
双方向対戦小説ジョジョ魂
1.はじまる闇
〜 Darkness falls 〜
「ぼうやの耳…………おもしろいホクロあるね」
老店主にそう言われても、金髪の少年は仮面の下から視線を向けるだけで、一言も発しなかった。
自分の左耳に3つ並んだホクロがある事は知っているが、それをわざわざ指摘されたからといって何の感情も湧かない。
別に不愉快という程でもないが、もちろん「おもしろい」とは全く思わない。
「わたしの祖国、占い盛んね。わたしの国でそれと同じほくろを持つ人、前にも見た事あるね」
だから何だと言うのだ。
この店を訪れたのは単に買い物のためだ。この店を選んだのはその品物が他では手に入らないものだからだ。別に店主の思い出話を聞きたいわけでもなければ、自分と似た身体的特徴を持つ人間を知りたいわけでもない。買い物を済ませた今、こんな所に長居したい理由はない。
「彼は波乱の人生を送ったが183歳まで生きたね」
だからどうしたと言うのだ。
ホクロが同じだと人生も同じになるのか? 「波乱の人生」とやらを183年間も続けて、その男が本当に幸せだったのか? そもそも本当にそんなに長生きできる人間がいるのか? それともおまえの国の人間は我々イギリス人の倍も長寿なのか?
「ただの占い遊びね! 気にしない、気にしない。ヒヒヒ!」
だったら最初から言わなければ良いだろう。まったく、無駄な事をよく喋る男だ。
そう思いながら、少年は台詞を聞き終わる前に店主に背を向けていた。だが、それでもお構いなしに店主は言葉を続けた。
「その薬、今回が最後でいいよ。誰に使うのかは知らないけどね。ヒヒヒ」
そう、「誰に使うか」は知らないだろうし、知るはずもない。
だが、「何のために使うか」はわかっているはずだ。ここに通って買い続けていたものは、それ以外に使い道のない薬だからだ。この店主が常に不気味な薄笑いを浮かべ、からかうような口調で話すのも、それを知っているからこそだろう。
(もっとも、無駄な笑顔と妙に卑屈な態度は東洋人共通の特徴かもしれないがな)
19世紀後半、ロンドンの貧民街に「そこ」はあった。
何百年も前から「呪われた者の住む所」だの「伝染病が発生する時はいつもここから」だのと言われる場所。よそ者の一般人、まして「紳士」や「淑女」は決して近寄らない場所。そこに入り込んだ者は迷路のような道に惑わされ、その不気味さから壁のヒビまでも怪物と錯覚し、最後には野垂れ死ぬか追い剥ぎに殺される。そんな場所だった。
いつしかそこは『食屍鬼街(オウガーストリート)』と呼ばれるようになった。
その中にはチャイナタウンもあった。
欧米人にとって「チャイナタウン」というのは「国内の異郷」である。イギリス最悪の地域の中の、しかもチャイナタウン。そこには何があるのだろう? そこを訪れる客は何を求めて来るのだろう? まして、少年の身でありながら、たった1人で買い物に訪れる者がいるとしたら……。
客の少年は知らない。
彼のホクロだけでなく、人相までもが示していたのだ。この少年が生まれ持った絶対的な強運を!
事実! この時は店主自身も全く予想していなかった事だが、この少年は件の「(実在するかどうかは不明だが)183歳まで生きた男」のそれを遥かに上回る「波乱の人生」を、少なくとも3世紀にまたがって生き続ける事になるのだ!
そう、この店主自身さえも巻き込んで……。
2.火事場泥棒
〜 Fire & Vice 〜
形あるものは全ていつか滅びる。それは当然の事であるが、それを人に改めて実感させる出来事の1つが火事である。どんな立派な大邸宅でも、焼け落ちてしまえば単なるガラクタでしかない。そこに人々のどんな思い出があったとしても、だ。
領主であり貿易商でもあった大富豪ジョージ・ジョースターの邸宅もその例外ではなく、今では単なる瓦礫の山だ。だがしかし、その瓦礫の山で「宝探し」をする不届きな輩も稀に存在する。
「おッ」
その不届き者は瓦礫の下からお目当ての物をようやくと発見した。
それは不気味なデザインをした石の仮面だった。だが、それがただの仮面でない事を知る者は少ない。
「ウウウヘェッヘェッヘェッヘェッ! あったあるね。3日前のこのジョースター邸での惨事にはほんと驚いたね……」
数ヶ月前の事だ。彼の店に1人の青年が訪れて毒薬を買っていった。
その客は10年近く前にも同じ要件で店を訪れた事があった。最初に来た時は10歳程度で、しかも毎回必ず仮面をかぶっていた。それでも彼がその客を見分けられたのは、彼の左耳に強運の象徴である3つのホクロがあったからだ。
ある日、店に貴族の青年が現れ、無理矢理その屋敷まで連れて来られた。彼はホクロの客が毒殺しようとしていた相手の息子で、それがバレたのだ。そして3日前、外出から屋敷に戻ってきたその客――「ディオ」と言うらしい――は、当然逮捕されそうになったが、その時に「惨事」は起こった。
ディオは屋敷の主人を刺殺し、突然「石仮面」を被った。もちろんディオはそのまま警官隊の一斉射撃を受けたが、何と彼は死ななかったのだ。それどころか、撃たれた傷は見る間に回復し、その力は素手で警官の頭をブチ砕いた。それだけではない。ディオは手の指から人間の血を吸い取り、その相手をも化け物に変えた。
そう、この石仮面は「吸血鬼」を生み出す道具なのだ!
それからディオは警官達を皆殺しにしたが、屋敷の1人息子の予想外の抵抗に遭い、結局は屋敷もろとも灰になった……。
「それもあのディオとかいうヤツがかぶったこの仮面、元凶ね。フェッ、こんなの初めて見るね……すごい秘密あるね。この仮面……金になるよ……ひともうけしてやるね。ウヘェェヘヘヘヘヘ」
悦に入った火事場泥棒は独特の口調で独り言を続けた。彼の目的はこれだけだった。元々は貧民街で故郷の毒薬を売っていた男だ。それを知る者が皆殺しになった今、新しい商売に手を伸ばして一攫千金を狙うのは自然な事だった。たとえそれが大惨事を引き起こす代物であっても彼には関係ない。所詮は小悪党とはいえ、心に善の「タガ」は全くない。欲望のためだけに行動するのが彼だ。
彼はそのまま笑いながらゆっくり手を伸ばし、石仮面を手に取った。
だが突然!
ガバアッ
石仮面の下にあった瓦礫が吹き上げたかと思うと、そこから「腕」が伸びてきた!
「ひええ――ッ!!」
バカな! そんなはずはない! いくら化け物でもあの火事の中で……。
しかし彼が想定していた事態になどお構いなく、瓦礫の下から伸びてきた「腕」は彼の手首に五指を突き刺し、そこから急速に血と精気を吸い上げた。
ズギュン ズギュン ズギュン
「ぎゃああああス!!」
悲鳴が終わった時、また1人の男が「人間をやめさせられた」……。
1888年の事である。
3.忘却の彼方へ
〜 Beyond the Styx 〜
男は酒をガブ飲みしながら船倉への階段を千鳥足で下りていった。
顔には無精ヒゲ、手には酒のビンという典型的な酔っ払いルックのこの男、はっきり言ってこの豪華客船には不似合いである。そんな彼の職業が実は「神父」だと聞けば、大体の人は驚くだろう。まして今は十字架を身に付けていない(正確に言えば、酔った不注意で下にある船倉に落とした)のだから、何も知らずに彼を見て神父とわかる者はいるまい。
ちなみにこの男、名前をスティクスと言った。
”スティクス神父、君の新しい仕事が決まったよ……”
”メキシコの村へ行きたまえ! 宣教活動だよ。ガンバリたまえ”
”期待しとるよ”
早い話、体の良い左遷だった。応援する台詞とは裏腹の上役達の態度がそれを物語っていた。せっかくイギリス発アメリカ行きの豪華客船に乗っているというのに、理由がこれでは嬉しいはずもない。
(神よ、あんたはこのおれをくせー所へやるのがお好きなようだ…)
彼は何もかもウンザリだった。ここに来ると既に信仰心があるかどうかはかなり疑わしい。落とした十字架を拾いに行こうとしているのも、およそ神や信仰のための行動ではないだろう。いや、信者であるはずの自分を守ってくれない神に対し、既に反感を持っていると言って良い。
そろそろ酒を飲み尽くすという頃になって、スティクスは船倉に着いた。大事な「商売道具」も無事に見つかり、後は自分の船室に戻って酒の続きだ。
と、その時、彼は十字架が乗っていた「箱」に注意を向けた。
箱は直方体で、大人の1人や2人は入りそうな大きさだった。その恐ろしく頑丈そうな外観は金庫を思わせる。一体どんな大切なものが入っているんだと見つめるうちに、スティクスは奇妙な事を発見した。この箱、何故か錠前が開いているのだ。しかも、フタの隙間から留め金が光って見える。つまり……この箱は……中から鍵がかかっている!
「おや、ちょうど良い所にカモがいたね」
「ッッ!!」
突然背後から聞こえた声に、スティクスは声にならない悲鳴を上げた。反射的に後ろを振り返ろうとした瞬間、首筋に違和感が生じた。最初は「痛み」で、その後は傷口からどんどん血が抜けていく感じ。そして一旦完全に意識が途絶え、その後にあったのは……今まで味わった事のない感覚だった。「酔い」の感覚とは全然違う、体の奥底から何かとてつもない力が湧き出てくる感覚。そして激しい「渇き」だった。だが、飲みたいのは酒ではない。人間の血を、飲んでみたくてたまらない!
「URRRYYYY!!」
奇声を上げたスティクスがようやくと後ろを振り返ると、そこには東洋人らしき小柄な老人がいた。わかる。この小男は自分の仲間だ。そして自分はたった今、人間を超越したのだと。
「ヒヒヒ……おまえ、名前は?」
「……スティクスだ」
「スティクス、おまえはこれで我々の同朋になったね。一緒に我らが主のため尽くすね」
「……ああ」
「良いか、この船には我々の『宿敵』が乗ってるね。首筋に星型のアザがある大男! ヤツをここで仕留めて、我々は世界を手に入れるね! まずは手始めよ。この船の乗員、片っ端から『同朋』に変えてくるね!」
スティクスには本能で理解できた。自分が手に入れた力が! 指示された事の意味が! その方法が! そして、自分達は本当にこれから世界を手に入れられる存在だという事が!
1889年2月7日! 今日この日が新しい自分の誕生日だ! 人間どもの世界をブッ壊してやる! それだけじゃあない! それはみんな、いつも自分をくせー所にばっかり追いやった神への復讐なんだ! この力で、いつの日にか神の息の根も止めてやる!
「ウシャアアア!」
スティクスは雄たけびとともに十字架の鎖を引きちぎり、十字架そのものをも握り潰した。そして自らの使命のため、船倉から飛び出していった。
……しかし、すっかりやる気を出したスティクスだったが、人間がそんなに簡単に変われるものなら誰も苦労はしない。彼は世界を手に入れるどころか、間もなく死ぬ事になった。
彼が止めたのは「神の息の根」ではなく、この船の蒸気機関のスクリューシャフトだった。それも自分の意志ではなく、自分達の「宿敵」によって操られての事だ。その結果、この船は彼の「同朋」達もろとも爆発し、大西洋の底に沈む事となった。はっきり言って、最低最悪の死に方だった。
この事故は世の中の人々には決して知られる事のない影の歴史となった。スティクスが最後に抱いた壮大な野望は世間に聞こえる事は決してなかった。しかも、真相を知るわずかな者達にとっては、事件の持つ意味があまりにも大きすぎたため、誰もスティクスの存在に目を向ける事はなかった
スティクスの「事故死」を耳にした上役や知人達は、彼らの信じる神の教えに則って彼の葬儀をとり行なった。だが、後になって彼の墓前を個人的に訪れる者は少なかった。メキシコにはまた別の神父が送られ、何の問題にもならなかった。
そうして彼はやがて……完全に忘れられた。
スティクス神父とは、結局のところそんな程度の存在だったのだ。
そんなスティクスとは対称的に、こんな大惨事であっても生き残った者はいた。
2人の女――この船で夫を亡くした新婚の若妻と、親を亡くした赤ん坊――は、船倉にあった「箱」に逃げ込んで助かった。そのまま彼女らは海を漂流し、2日後にカナリア諸島沖で救助された。どちらも決して平穏とは言えない人生を送ったが、少なくとも最期の瞬間には幸せであったと言えよう。
ただし、この時点で若妻の体内に宿っていた新しい生命に関しては短命で、しかも非業の最期を遂げた。だがそれでも、新しい世代にその意志を受け継がれたという意味において、彼と2人の女は価値のある人生を送ったと言うべきであろう。
そして残りの2人は、スティクスが発見しなかった2つの「予備の箱」にそれぞれ逃げ込んで助かった。不運な事に、彼らの入った箱はどちらも船倉から外に出なかったため、船の残骸とともに大西洋の底に沈む事となった。
そして約100年の月日が流れたある日の事。宝探しに来た男達が海底に眠っていた分厚い鉄の箱を引き揚げた時……彼らはまだ生きていた……!
Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON
空条 Q太郎さんの「?」
vs
かんなさんの「?」
マッチメーカー | :pz@-v2 |
バトルステージ | :アツい○○ |
ストーリーモード | :Fantastic Mode |
4.未来への遺産
〜 Fight the Future 〜
左脚に受けたダメージはそのまま体の上へと伝わり、一瞬の後にはその亀裂が頭部にまで達した。
不老不死である自分が! 生物の頂点に立つはずの自分がッ! 何世紀も未来へ、絢爛たる永遠を生きるはずの自分が! 『天国』を見るべき存在である自分が、こんな所で死ぬだと!?
だが、もはやどうにもならない。亀裂は既に上半身全体に広がりつつある。やっと完全に「馴染んで」きていたボディが崩壊していく……。
間もなく……その肉体は「砕け散った」。血の海に横たわったその体は、ほとんど原型を留めておらず、特に胸より上はほぼ完全に吹き飛んでいた……。
こうして、ディオ・ブランドーは完全敗北を喫した。イギリスに端を発する宿命の闘いは、100年の時を経て、故郷から遠く離れた暑い国でその幕を閉じたのだ。
そう、一旦は……。
「てめーはおれを怒らせた」
それが空条承太郎の勝因だった。たった1つのシンプルな答えだった。
彼はたった今、先祖代々の宿敵を倒したのだ。自らの宿命に決着をつけたのだ。仲間達の仇を討ち、母の命を救い、ひいては世界の運命をも救ったのだ。
だからこそ仕方のない事だったのだ。彼はわずか50日程度の間に幾度も死線を彷徨い、それが今やっと終わったのだから。この時点で彼の肉体はまさに満身創痍だったのだから。そんな彼が死闘の後、その場で意識を失ったとしても誰がそれを責められようか?
結局、承太郎は側にあった街灯によりかかったままうずくまり、そのまま束の間の眠りについた。そして、彼にとって不運だった事は、死闘の最後に受けた「血の目潰し」のせいで、自らの宿敵の最期を確認できなかった事である。
「UURRRYYYY!」
ナイル川をまたぐ橋の上で承太郎とディオの死闘が幕を閉じて、まさにその直後だった。橋の両側の川面に水柱が立ち、中から2人の男が飛び出した。2人はおよそ人間のものとは思えない、まるで猿と豹を足したような動き方で、一瞬のうちに橋の上まで上ってきた。
2人のうち1人は一見して東洋人、もっと言えば中国人のように思える小柄な老人。口元にはドジョウヒゲを生やし、その右頬には溶けてただれたような跡がある。
もう1人は中肉中背で、透き通るような白い肌と鮮やかな碧眼、そして輝くような黄金色の髪をした男。「美青年」と表現する者もいるかもしれない。
2人はどちらも、その口に「牙」を生やしていた。
そう、彼らは人間ではない、『屍生人(ゾンビ)』と呼ばれる存在だった。吸血鬼であるディオに血を吸われ、その闇の力によって永遠の生命と人外の力を与えられた者達である。
「おお……おおお……ディオ様!」
中国人の屍生人がディオの倒れた後の血溜まりにかがみ込む。その声は震え、両目からは今にも涙が流れ出そうであった。
本能だけで行動するのが基本の屍生人にとって、涙や情ほど無縁なものはない。しかし、屍生人にとって生みの親である吸血鬼は唯一絶対の存在であり、そこにはこの上なく厚い忠誠心がある。もっとも、その忠誠心自体が吸血鬼によって植え付けられた「本能」の中で最大のものだとも言えるのだが。
「どうだワンチェン、ディオ様はご無事か?」
「おおお……ロレック、ディオ様が……ディオ様がァアァ! ……おいたわしやディオ様……」
ワンチェンと呼ばれた中国人屍生人は、そう言いながら血溜まりの中から1つの肉塊を掴み上げた。それは……ディオの頭だった。上半身が粉砕された際、結果的に胴体と頭部が分断された形になったのだろう。
しかし、脚からの亀裂はそのままディオの全身をほぼ縦断し、更に枝分かれして上半身をグシャグシャにしているのだ。頭部もとりあえず形が残ってはいるものの、決して無事と言える状態ではない。目鼻や耳はひとまず無事に揃っているものの、その端正な顔は中央から大きくヒビ割れ、今にもそのまま2つに分かれそうだ。各部もザクロと化している。
頭部の損傷の激しさからして、脳も無傷ではないのだろう。ディオには肝心の意識がなく、その頭部ですらまともに再生が始まっていない。それどころか、頭部以外は全く再生を始める様子がない。
吸血鬼の生命力と再生能力は凄まじい。脳をある程度以上破壊されない限り、死ぬ事はない。
実際、かつてディオは上半身を脳天から真っ二つにされた事もあるし、今回のように首だけになった事もある。それでも彼は死ななかった。
ただし、完全に欠損した部位をゼロから再生させる事まではできないため、その場合は他者からその部位を奪い取らなければならない。約100年前に首だけになった時は、やはりその首をワンチェンが救出し、承太郎の先祖であるジョナサン・ジョースターの肉体を乗っ取る事で復活したのだった。
しかし、不死身の肉体もこうなってしまってはどうしようもない。再生しない以上、単なる肉の塊に過ぎない。肝心のディオの意識がないのだ。この有り様では再生どころか、元通りに意識が戻るかどうかも不安である。戻るにせよ、完全に再生するまではかなりの時間と「食糧」を要するだろう。
ダメだ、もうこの体は使えない! ディオの意識と再生能力が戻るまで原型を保ってはいられないだろう。
ワンチェンが狼狽している横で、金髪の屍生人――ロレック――は承太郎の方に向きを変えた。その視線には確かな殺気がある。
「オレはこのクソ忌々しいガキを始末するぜッ! いくらディオ様を倒した奴と言っても、寝ちまってるんじゃあ何もできねぇーからなぁあ!」
「……そうあるね。邪魔者はとっとと片付けるね!」
「ああ! その帽子ごと頭蓋をブチ破ってッ! 頭ン中から目玉を外に弾き出してやるよォォ!!」
ロレックは承太郎に跳びかかった。もはや誰が見ても「美形」とは思わないであろう形相になっている。
そして承太郎の頭めがけて右手を振り下ろしたその時!
「オラァ!」
「……は……?」
ワンチェンは何が起きたか理解できずにマヌケな声を発した。
ロレックが承太郎の頭を砕こうとした時、その指先が承太郎愛用の学帽に触れるか否かの刹那、突然ロレックの頭が砕け散った。いや、むしろ「既に砕けていた」。夢でも見ているかのようだが、現に目の前には首なし死体が仰向けに倒れ、新しい肉片がバラ撒かれている。同じ金髪ではあるが、その肉片はディオのものではない。
承太郎はまだ気絶しているはずだ。現にロレックが死ぬ前後で全く動いた様子がない。
ワンチェンは少し考えた後、目の前で起きた状況を理解した。
ロレックの頭を砕いたのは承太郎の「スタンド」だ。承太郎はまだ気絶しているようだが、防衛本能のようなもので無意識のうちに攻撃したのだろう。
しかも、ただ殴っただけではない。ずっとロレックと承太郎を見ていたはずなのに、気が付いた瞬間にはロレックの頭は「既に砕けていた」からだ。「スタンド使い」でないワンチェンにはスタンドを目で見る事ができない。しかし、屍生人の動体視力であれば、ロレックの頭が砕け散る様を多少は見る事ができたはずだ。それができなかった理由、それも過去の体験から理解できた。約半年前に自分の目の前でディオが発見したのと同じ「無敵の能力」を承太郎も持っているのだ。そう、時を止める能力を。
ここまで理解した時点でワンチェンは悩んだ。
承太郎をこのままにしておいては気が収まらない。それに承太郎の血や肉体はディオの復活に役立つかもしれない。それだけではない。普通に考えれば、ディオと同じ時間停止能力を持つスタンド使いに正面から闘いを挑んでも勝てる見込みはないが、まだ承太郎が気絶している今なら十分な勝ち目がある。
だが、本当に承太郎を倒せるだろうか? さっきロレックを倒した「防衛反応」がもしも再び起こったとしたら……それに、承太郎にはまだスタンド使いの仲間(確かポルナレフとかいう名前だったか)が残っているはずだ。今どこにいるのか知らないが、もしヤツがここに現れたら……。
何よりも、今の自分にとっての最優先事項は主人であるディオを守る事だ。ここで承太郎達と闘ったとして、その結果がどうであってもディオが助からなくては意味がない。
そのままならいつまでも迷い続けていそうなワンチェンだったが、幸か不幸か、状況はそれを許さなかった。思案の最中、ワンチェンはその耳で自動車の接近を察知したのだ。承太郎達を支援していた連中の車だろう。これで迷う余地はなくなった。来るのはスタンド使いでも何でもない、単なる人間のはずだ。その気になれば数秒以内に皆殺しにできる。だが、その騒ぎや車の音によって、確実に承太郎は目を醒ますだろう。それでは元も子もない。
「意識を取り戻して……別のボディさえあれば……」
結局、ワンチェンは大急ぎでディオの首を布で包み、大切に持ったままナイルに身を投じて逃げた。
なお、ワンチェンがこの時に一瞬の思いつきからロレックの死体をも一緒に持ち去った事は、結果的に彼とディオにとって最良の決断であった。
ワンチェンが立ち去った直後、スピードワゴン財団の車が到着した。そしてワンチェンの予想通り、承太郎はすぐに目を醒ました。彼が気を失っていたのは実際には5分足らずの間だった。
余談ではあるが、財団の医療チームが彼に撲殺されるような事態にならなかったのは幸いと言うべきだろう。
ディオの死体は無事に回収され、朝日によって灰になった。ディオの死体の上半身は原型をとどめていなかったが、その体の周囲には「金髪の肉片」が散らばっており、それも体と同様に灰になったため、ディオの「死」に疑問を持つ者は誰もいなかった。
そして、ディオと承太郎の両方にとって幸運だったのは、ディオがジョナサンの肉体を失った事によって、ディオとジョースター一族との間の「肉体の見えない繋がり」が絶たれた事であった。
そのおかげで、間もなく承太郎は日本に帰り、約50日ぶりに母親の過剰なほど元気な笑顔を目の当たりにするのだった。
ROUND 1
〜 DEEP into the night 〜
5.闇の中の覚醒
〜 AWAKEN1 : The end of their second rests 〜
ディオはゆっくりと両目を開けた。
まだ頭の中にモヤがかかっているようだ。一体どれぐらい眠り続けていたのだろう。今はいつで、ここはどこだ? あれこれ考えるが、どうも思い出せない。
とりあえず現状だけでも把握しようと、眼前の光景に意識を向けてみた。目の前にあるのはガラスの壁だ。窓だろうか? それにしては妙に薄い気がするが。それに、ガラスは目の前わずか30cm程のところにある。ガラスの向こう側にはドアがあるようだが、他には特に何もない。部屋全体は真っ暗だ。
眠る前には何を……確か承太郎と………………はっ、そうだ!
あの時、承太郎の一撃を受け、スタンドもろとも全身を砕かれたのだ! 攻撃を受けた左脚からどんどんヒビが広がり、そのまま体が砕け散ったはずだ! だとすれば今は……。
ディオは自分の体の状態を確かめようとしたが、どういうわけか体が動かない。
……違う! 体がないのだ! 頭部自体はある程度まで治癒しているようだが、首から下の、ジョナサンから奪ったボディがない。やはりあの時の一撃で再び首だけになってしまったようだ。
ではここはどこだ? 首を動かせないため、目だけを精一杯動かしてみる。見渡せた限り、ガラスの壁は真上以外の周囲を覆っているようだ。ガラスの箱……そうだ、これは水槽だ。何故かは知らないが、首だけのまま水槽に入れられているのだ。
今度は下、つまり水槽の底を見てみた。血だった。口には届かない程度の高さまで、水槽の中には水ではなく血が入っているのだ。「エサ」のつもりか? 誰が何のために……?
置かれた状況を把握しきれないディオだったが、ここで部屋の外から聞こえる物音に気付いた。規則正しいコツコツという音が少しずつ近付いてくる。どうやら足音のようだ。間もなく足音は止まった。その主がドアの向こう側に着いたのだろう。誰だ?
ゆっくりとドアが開いた。外から光が差し込んできたので一瞬焦ったが、どうやら太陽のものではなく電灯の光のようだ。逆光のせいで相手の顔がよく見えないでいると、「そいつ」はドアの脇にあったスイッチを入れ、部屋全体が明るく照らされた。
そこに立っていたのは全身黒装束の、褐色の肌をした男だった。短く刈り揃えた髪に奇妙な剃り込みを入れており、よく見ると首に十字架を下げている。そしてディオはその顔に見覚えがあった。
男はディオの方を見ると、いきなり大声で叫んだ。
「おお! 目が覚めたんだね! 素晴らしい……ずっとこの時を待っていた!」
嘘を言っている声ではない。男は純粋に感激しているようだ。そして、ディオはその声にもやはり覚えがあった。
「……プッチ……か……?」
「ああ! おはようディオ。フフ、あまり寝坊なので心配したよ」
思った通りの相手だった。しかし……だとすれば妙だ。自分の知っているプッチはまだ17歳かそこらの若者だったはずだ。だが、目の前にいるのはどう見ても20代後半。外見だけなら自分よりも年上に見えそうだ。一体自分は何年寝ていたのだ?
ディオのそんな疑念に気付いたらしく、プッチは説明を始めた。
「フフフ……驚いたろう? 今は2001年で、ここはアメリカだ。君は10年以上も眠り続けていたんだよ。なかなか再生が進まなくてね。ああ、本当に良かった」
「そうか。……すると私はやはり承太郎に敗れたという事か……」
「……ああ。でも気にする事はない。君が目醒めた以上、もう何の問題もない」
プッチとは対称的に、ディオの胸中は穏やかではなかった。当然だ。ディオがまだ人間だった時、ジョースター家の財産を乗っ取るために立てた完全なはずの計画をジョナサンに邪魔された。吸血鬼になったばかりの頃、本来ならあっさりと世界を手に入れるはずだったところをまたしてもジョナサンよって阻止され、首から下の肉体を失った。その後、ジョナサンを殺して肉体を奪う事には成功したが、その最期の抵抗によって100年も海底に沈むハメになった。おまけに、その時に始末し損ねたジョナサンの新妻が既に子を宿していたため、ジョースターの血統を断ち切る事ができなかった。そして今度はその子孫である承太郎によって再び肉体を失い、10年以上も眠り続けていたというのだ。
ジョースターの一族というのはどこまで邪魔な存在なのだ。2メートル近い頑強な肉体と星型のアザ、そして忌々しい正義の心を持った一族。ヤツらはディオの運命に現れたまさに宿敵だった。何よりも、今までそのジョースター一族に全ての計画を潰されてきた自分自身に腹が立って仕方がない。
噛み締めた歯の根元からギリリという音と少しの血が漏れ出た時、プッチは穏やかな表情と声で再び話を始めた。
「ディオ……100年以上も生きている君を相手に私ごとき若造がこんな事を言うのも何だが、人は『恥』のために死ぬのだと思う。『あの時ああすれば良かった』とか、『何故あんな事をしてしまったのか』と後悔する『恥』のために人は弱り果て敗北していく。空条承太郎によって体を失った事は本当の敗北なんかではない……これは試練なんだ。この事を勝利のために変えれば良いんだ……」
ディオは少し黙った後……一瞬小さく笑ってから答えた。
「やはり君と話していると心が落ち着くな。ありがとうよ……」
プッチも微笑みながら答えた。
「わかってくれて嬉しいよ。君には永遠の時間がある。やり直しは何度でも効くんだ。それに昔から言っていたじゃあないか。真の勝利者とは『天国』を見た者の事だ、って」
「『天国』?」
懐かしい言葉にディオはハッとした。そしてプッチに聞き返した。
「聞くが、『天国へ行く方法』を記録しておいたノートはどうした? カイロの館にあったはずだ」
ここでプッチは初めて怪訝な表情を見せた。
「……残念だが、あのノートはもうない。あの時、承太郎が焼き捨てたんだ」
「……そうか……」
プッチが態度に見せるほどのショックはディオにはない。ノートがなくなったところで内容はどうせ頭に入っているのだ。焦る必要はどこにもない。それに『天国へ行く方法』にはディオのスタンドである『ザ・ワールド(世界)』が必要だ。しかし、肝心の本体が頭部だけでは、最強のスタンドといえども本来の力を発揮できそうにない。仮に頭だけ完全回復したとしても、再び時を止められるようになるかすら怪しいものだ。つまり、まず必要なのは新しい肉体なのだ。『天国』はその後で良い。そして、同じく必要不可欠な「協力者」はすぐそこにいるのだから。
ディオはその「協力者」が今でもその条件を満たしているかどうか、ちょっと確かめてみる事にした。
「なぁプッチ……君は何故私を殺さなかった? ノートがないのなら私の記憶を読めば良いだろう……私の記憶とスタンドを『DISC』にして奪えば、君は『天国』を見る事も世界の王になる事もできる。今からでも遅くはない。やれよ……」
ディオの言う通り、プッチのスタンド『ホワイトスネイク』は生物の記憶とスタンドを『DISC』に変えて奪い取る事ができる。もちろんディオの『ザ・ワールド』とまともに闘って勝てるほど強いスタンドではないが、今の状態のディオなら何の苦もなく思い通りにできるだろう。
だがプッチは以前と同様、安らぎに満ちた顔と声で答えた。
「そんな事は考えた事もない……前にも言ったが、私は自分を成長させてくれる者が好きだ。君は王の中の王だ。君がどこへ行き着くのか? それに付いて行きたい。今でも前と変わらず、神を愛するように君の事を愛している」
ディオは安心した。かつて彼が見込んだ通り、プッチは欲望をコントロールできる人間だ。権力欲や名誉欲、金欲、色欲を持たない人間。人の法よりも神の法を尊ぶ人間。そしてそれこそが『天国へ行く方法』に必要な「協力者」の条件なのだ。
ディオは確信した。こんな状態になっても彼がいればまだ再起は十分に可能だ、と。
「……すまない……また君を侮辱してしまったな……10年の月日が君を変えてしまっていないかと怖かったのだ……だが、やはり私の目に狂いはなかったな。君は本当に気高い聖職者になれたようだ」
「ディオ……」
「さぁ、君の言う通り、とっととこの試練を乗り越えてしまわねばな。私の部下達はどうなった? まだ誰か手元に残っているか?」
「残念ながらほとんどいない。生き残りもみんなバラバラだ。そもそも君の生存を知っている者がいない。私が知っている範囲で調べてみたが、死んだ者、自分の道に戻った者、独りでジョースター一族への復讐を企んでいる者、それぞれだ。君が『肉の芽』を植え付けたスタンド使い達は『肉の芽』が暴走して怪物になってしまったらしい。おそらくは君の意識が途絶えていたせいだろう。ついでに言うと、例の『矢』の行方もバラバラだ」
「……なるほど。まぁ、部下達はまた見つければ良いだけの事だな。ところで、さっき『ほとんど』と言ったが、少しは残っているという事か?」
「ああ、一応は、ね。そう言えば、そろそろ彼を元に戻してやらないとな」
「……?」
プッチは水槽の中に手を入れ、不思議がるディオの頭をそっと掴むと、今まで向いていた方角の真後ろに向けた。
水槽の位置は部屋のちょうど中央で、奥の壁際には大きな棚がある。そして部屋の角のところには金属製の大きな箱があった。どこか昔ディオが海底に沈んだ時にずっと入っていた箱を思い出させる。
プッチは無言で棚の中から円盤状の何かを1枚取り出した。ディオはそれを知っている。音楽用か何かのCDに見えるそれの正体は、他者の魂をプッチの能力が実体化させたものだ。そう、この円盤こそが件の『DISC』だった。どうやら棚の中には無数に収められているようだ。
「君が寝ている間、最初のうちは『彼』も役立ってくれていたんだよ。でも後になると、たまに私の目を盗んで外に出ては『食糧』を獲ってくるようになってね。まったく、下手な騒ぎを起こして承太郎達が君の生存に気付いたらどうするつもりなんだか。所詮、彼らは主人である君の命令がなければ、欲望のまま動き回る獣と変わらないという事か。だから、『DISC』を抜いて大人しくなってもらったんだ。『彼』の場合、死ぬ心配はないと思ってね。」
そう言いながらプッチはディオにその『DISC』を見せた。鏡のような表面に、『DISC』の持ち主の顔が映って見える。それは、ディオが大昔からよく知っている顔だった。
そうか、ヤツも生きていたわけか。ジョースター邸の火事の時といい、ジョナサンの肉体を手に入れた船の時といい、つくづくしぶとい男だな。もっとも、そのお陰で下僕としてはよく動いてくれた方か。
事実、承太郎と闘う4年ほど前、ディオを海底から目醒めさせたのは「彼」だった。最初に偶然にも引き揚げられた「彼」が、その場で発見者達を「同朋」に変え、ディオを引き揚げさせたのだ。
「ここしばらく様子を見ていなかったんだが、まぁ問題はないだろう。目を醒ましていきなり君の顔を見られるんだ。彼も喜ぶさ」
プッチは部屋の隅にあった大箱の錠前を外し、重そうなフタを開けると『DISC』を持った手を箱の中に伸ばした。そしてしばらくすると、箱から呻き声が聞こえてきた。
「さぁディオ! 我々の『天国』のためにも、早く君の新しい肉体を手に入れよう! 大丈夫、調べておいたよ。現時点で君に世界一『馴染む』体の持ち主をね! しかし、そいつはまだ若い。もう1〜2年は待った方が良い。それに君の再生能力はまだ本調子ではない。それでは体を乗っ取る事もできないだろうからね」
エンリコ・プッチ――ディオがその長い人生の中で見出した数多くの人材の中にあって、彼ほど高潔さと恐ろしさを併せ持った人間はいない……。
6.金色の覚醒
〜AWAKEN2 : The begining of Gold Experience 〜
あ……熱い……!
僕の体はどうなってしまったんだ? 全身が燃えるように熱い!
何故だ? 昨日までは何ともなかったはずだ。
妙なインフルエンザでも流行っていたか? いや、昨日まで周囲には風邪のヤツさえいなかった。それに、単なる病気だとしてもこれだけの高熱がこんなに突然出るなんて……。
だ……ダメだ……この熱はマズいぞ……これじゃあ授業に出るどころか、医者に行く事さえ……。
少年は何とか洗面台まで辿り着くと、コップに水を汲んで一気に飲み干した。2杯目も飲み干し、3杯目の水を汲もうとした時点で、それがまさに「焼け石に水」だと気付いた。
顔を上げ、朦朧とする意識をどうにか抑えて視界に集中する。正面の鏡の中には、虚ろな表情をした汗ぐっしょりの自分がいる。昨日とは別人のようだ。本当に一体どうなったのだ?
汗を拭おうとして、額にかかっていた前髪をかき上げた時、少年は奇妙なものを見た。
鏡に映った自分の顔に、見覚えのない小さな輝きがある。前髪の生え際に数箇所だけ、微妙に光っている部分がある。
それは少年自身の髪の毛だった。若白髪ではない。たまたま色素が薄いのでもない。漆黒のストレートヘアーのごく一部が、何故か生え際から鮮やかな黄金色に変わっているのだ。しかも、注意深く見てみると前髪だけではない。どれもまだ1cmにも満たないが、金髪に変わっている部分は頭のそこかしこに見られる。
まさか、髪全体が金髪に変わりつつあるのか?
あり得ない! 黒髪が金髪に変わったなんて話は聞いた事がない。何かの映画で(ストーリー本編とは関係のないシーンだったが)妙な薬品を飲んだせいで髪が全て白髪になった若者がいたような気がするが、そんなものを飲んだ心当たりはない。
この熱といい、もしや本格的な奇病なのか? マズい! このままでは本当に死んでしまいかねない。冗談じゃあない! この僕には夢がある! なのに……こんな事で……。
それから少年はどうにかベッドの側まで這っていき、その上に倒れた。もはや完全に意識はなかった。
だが、ここは学生寮だったため、幸いにも少年の身を襲った異常はすぐに周囲の知るところとなり、無事に病院へと運び込まれる事となった。
ただ、少年を発見した同級生は奇妙な証言をした。
「あいつの部屋の前を通りかかったらドアが少し開いていて、その隙間から何かの植物のツタが何本も出ていたんだ。それで変に思って声をかけたんだけど返事がなかったんで、中に入ってみたんだよ。そんで、中からドアを閉めようとした時に気付いたんだけど、その変なツタがドアの鍵とかノブに巻きついててさぁ、まるでツタが自分でドアを開けたみたいだったんだ。で、それからオレはあいつがベッドにブッ倒れて汗だくで唸ってるのを見つけたワケよ。そんでさぁ、人を呼びに行ってからまた部屋に戻ってきたら、その時には何故かツタがなくなってたんだ」
この話を聞いて、その内容をそのまま信じた者はいなかった。だが、この「自分でドアを開けて出て行ったツタ」の話は、後に『寮の7不思議』の1つとして新入生に語り継がれていく事となった。
少年は数日間入院し、それが何の病気なのかは不明のまま、その後は元通り回復した。
いや、完全に元通りではない。少年は間もなく完全な金髪となった。
やがて、彼を知る者達はこんな噂話をするようになった。
「最近あいつ髪を染めたんだな」
「いや、染めたんじゃあないらしいぜ。黒い髪だったのがここ最近、急に金色になったらしいんだ。妙な体質だな。本人はエジプトで死んだ父親の遺伝だと言っている」
「あいつの親父って……日本人だろ?」
「それは母親。前にあいつが持ってた父親の写真を見た事があるんだ。何か真っ暗な部屋で斜め後ろから写ってる変な写真だったぜ。それにその親父、首にやたらとデカい傷があってさ。一体どんな怪我したらあんな風になるんだろうな。ギロチンにでもかかったんじゃあねーのかと思ったぜ。ま、ホントの話、何から何まで妙な写真だったぜ」
「は〜ん。ま、あいつはあいつで妙なヤツだしな。で、顔とか似てた?」
「どーだろーな。あの角度じゃあよくわかんねーよ。あ、でも親子なのは間違いないぜ。左の首筋んトコにあいつとお揃いのアザがあったからな。ほら、あの星型のさ」
2001年の春――間もなく、少年はここイタリアに「黄金の風」を巻き起こす……。
7.眠らぬ奴隷
〜 Slave Alive 〜
だから言ったのだ。「我々はみんな『運命の奴隷』なんだ」と。
誰であっても、たとえキリストや釈迦のような聖人でも、己の「死」の運命から逃れられる者はいない。
どんな意志や行為をもってしても、決してそれを変える事はできない。
目の前の彼らもまた、その例外ではなかった。それだけの事だ。
きっかけや正確な時期は覚えていないが、とにかくまだ子供の頃だった。
人の死を予知できる能力――『ローリング・ストーンズ』――に気付いたのは。
その能力はいつも「石」を依代に発動し、自分の意志とは全く無関係に動く。近い将来に死ぬ運命にある者がいると、「石」は相手をどこまでも追いかけ、触れた瞬間にその相手を安楽死させる。それが能力だ。
追跡を始める際に「石」は相手が死んだ時の姿に変わる。
ミケランジェロ風に言うなら、「石」自体にその運命の形が内在しているのであろう。誰に彫られるわけでもなく、強いて言えば「運命」にノミを入れられて、「石」は在るべき形に変わるのだ。相手の死の彫像へと。
そして「石」が自らの形で示した死は……決して変わる事はなかった。「石」を破壊するか、その形を変える事ができれば助かるかもしれないと思っていたが、誰もそれを成し遂げる事はなかった。
少年時代から何人もの死を予知し、それを目撃してきた。
そして、その人々の多くが自らの、あるいはその大切な人の運命に抗うのを見てきた。
だが、その結果はいつも同じだった。誰も運命に打ち克つ事などできなかった。
今回とて例外ではなかったというだけの事だ。
いや、正確に言えば違う部分もあった。
まず、彼らが自分と同じような特殊な能力――「スタンド」とか呼んでいた――を持っていた事。
次に、彼が仲間を死から救うために、平気で自らをも死の危険に晒す事のできる人間だった事。
そして最後に、彼が遂に「石」を破壊できた事だ。
だが、それでも結局は同じ事だった。
能力の「抜け殻」となった「石」は、普通に考えればあり得ないほど粉々になり、少しずつ風に飛ばされている。「石」を破壊した男はそれを見て、運命は変わったと思い込んで立ち去ろうとしている。
しかし、彼は気付いていない。「石」は粉砕されてもなお、砂絵のようになって「死の形」を示しているのだ。しかも最初の男に加え、見知らぬ男の死に顔が2人分増えている。
そう、結局は何も変わらなかったのだ。
しかしながら、それでも彼らが今まで見た者達とはどこか違うという事は明らかだった。
仲間のために敢然と運命に立ち向かい、それを覆すために平気で自分の命までも賭ける事ができるあの男。彼の仲間達は全員こうなのか?
だとすれば、彼らがこれから歩む「苦難の道」には何か意味があるのかもしれない……彼らの苦難が……どこかの誰かに希望として伝わって行くような、何か大いなる意味となる始まりなのかもしれない……。
無事を祈ってはやれないが、彼らが「眠れる奴隷」である事を祈ろう……。
目醒める事で……何か意味のある事を切り開いて行く「眠れる奴隷」である事を……。
さて、彼らも立ち去った事だし、そろそろ行くとしよう。
いくら自分がまだ死ぬ運命にないとはいえ、さっきの男に拳銃で撃ち抜かれた手をこのままにしておいては、彫刻家としての生命が危険だ。
『ローリング・ストーンズ』の「砂絵」もそろそろ風で飛び散ったようだし……
ドヒュウウウッッッ
「!?」
……何だ……今の風は?
さっきまでとは強さも向きも全然違う。それに、もう春とはいえ、妙に暖かい風だったような気がするが……。
「は!?」
この時、何故かわからないが「砂絵」の方を見てみた。
既に「砂絵」全体の形はかなり曖昧になり、3人分だった死に顔は1人分しか残っていない。
いや、「崩れた2人分の石欠が、残った1人の元に集まっている」、と言うべきか。
だが気のせいか、顔の部分だけだったはずの「砂絵」が、ほぼ上半身全体になっているようにも見える。そこには傷も何もない。更によく見れば、まさに「デスマスク」だったはずの顔にもどことなく……精気がある……?
そうこう思っているうちに再び風が吹いて、今度こそ「砂絵」を完全に消し飛ばした。
だが、妙な感覚はそれでもまだ頭から消える様子がない。
まさか……まだ何かあるのか? 今まで一度もなかった事が起ころうとしているのか?
そうだ、あの男……最初に死を予言されたあの男の名前は何だっただろう。
確か……。
8.ブチャラティは3度死ぬ
〜 He only lives three times 〜
「――というわけで、これで連中もそろそろシッポを出すでしょう」
「わかった。ご苦労だったな、フーゴ」
「どういたしまして、ボス」
「『ボス』はやめろ」
「あ、つい……他所で話す時の呼び方が習慣になってるんですよ。でもまぁ良いじゃあないですか。本当に『ボス』なんですから」
「それでもやめろ。……せめて俺達だけの時ぐらいは、だ」
「……わかりました。それでは失礼しますよ、『ブチャラティ』」
フーゴはそう言い終えると、デスクに報告書を置いて退室した。ドアが閉まったのを見ると、ブチャラティは大きく溜め息をついた。まったく、ギャング組織のボスというのは疲れる仕事だ。
ブローノ・ブチャラティ。黒髪をボブカット風に整えた男。あちこちに大きなジッパーが付いたそのスーツには、小さなオタマジャクシのような模様が散りばめられている。彼が若干20歳にしてイタリア屈指のギャング組織である『パッショーネ(情熱)』のボスとなったのは2年余り前、2001年の春だった。
彼は元々はネアポリス地区の一介のギャングだったが、その頭脳と人柄によって組織の仲間や上司はもちろん、地元の一般市民にも広く人望を集めていた。しかし、当時の彼は自分の心に大きな矛盾を抱えていた。
かつて、彼の父親は麻薬取引を目撃したために重傷を負わされ、父親を守ろうとした彼はその犯人を殺してしまった。そして彼は犯人一味から身を守るため、わずか12歳の身でギャングとなった。だが、やがて組織は麻薬に手を出すようになり、彼の父親も事件の後遺症が元で死亡した。彼は自分達の幸せを壊した麻薬を売っている組織の下で働かなければならなかった。そしてそれは彼自身の生まれついての正義感にも反する事だった。
そんなブチャラティはある日、ジョルノ・ジョバァーナという日系人の少年に出会った。その少年は自ら正しいと信じる道のため、ギャング組織の乗っ取りを夢見ていた。この出会いがブチャラティを変えた。ジョルノや仲間達とともに組織に叛旗を翻し、遂には当時のボスを倒し、組織の乗っ取りに成功した。それはジョルノとの出会いからわずか1週間程度の間の出来事であった。
だが、今でも彼の苦悩の種は尽きない。組織運営の事だけではない。彼がこの2年余りの間、常に抱いていた最大の苦悩は自分自身が「今も生きている事」に関係していた。
(何故、俺だけが助かった?)
かつてのボスであったディアボロと最初に闘った時、ブチャラティは致命傷を負わされた。その傷は直後にジョルノのスタンド『ゴールド・エクスペリエンス(黄金体験)』の能力よって治療されたのだが、治療を受けてなお、ブチャラティの心臓は止まったままだった。そう、彼は「死体のまま生き続けていた」のだ。言わば「ゾンビ」のような状態のまま、彼はそれでも活動を続けていた。何故そんな事が起きたかはわからない。ジョルノは何度も治療能力を使っているが、こんな事が起きたのはこの時だけだった。
もちろん、そんな奇跡的な状態が長く続くはずもなく、数日と経たないうちにブチャラティに「時間切れ」が訪れた。ディアボロとの最終決戦の最中、彼は本当の死を迎え、その魂は文字通り「昇天」した。
しかし、奇跡はその直後に再び起きた。ジョルノがディアボロを倒した後、ブチャラティは何と「生き返った」のだ。正確に言えば、ジョルノが彼を「生き返らせた」のだ。ジョルノの能力では死者を蘇生させる事まではできないはずだ。だが、現にブチャラティの心臓は再び動き出し、それまでの傷も全て治療された彼は以前と変わらぬ健康体となった。
と、ここまでなら問題はない。ブチャラティの苦悩の種は別の部分にあった。
あの時、ジョルノはブチャラティを生き返らせた。そう、ブチャラティ「だけを」だ。ジョルノはブチャラティを生き返らせた後、ディアボロとの闘いで死んだ他の仲間達にも同様の治療をした。だが、彼らは誰一人として再び起き上がる事はなかった……。
ブチャラティは今も苦悩する。死んだ仲間達は自分を信頼して付いて来た。ともに組織を裏切り、その結果として死んだ。そう、自分に付いて来たために死んだのだ。なのに自分だけが助かった。何故こんな事が起きたのだ? 何故彼らは助からなかった?
過去の過ちにとらわれ、それでも心の底には昔と変わらぬ正義の心を持ち続けていたアバッキオ。
チームの中でも最もブチャラティを慕い、闘いが終わったら復学したいと言っていたナランチャ。
自分を信じると言ってくれた彼らのあの眼が、声が、今も脳に突き刺さって離れない。そんな状態がずっと続いていた。
ここまで考え込んだ後、ブチャラティはいつも同じ結論に到達する。
「自分も死ぬべきだった」などと思った事はない。もし「代わりに死ぬ」事ができたらそうしていたかもしれないが、敢えて自分の生命を否定したいとは思わない。それがどんな理由であれ、彼らは死に、自分は助かったのだ。ならば自分が彼らの分も生きてやろう。彼らは自分を信じて死んでいった。だからこそ、彼らもそれを望むはずだ。
去ってしまった者達から受け継いだものは、生き残った者が更に前へと進めなければならない。それが彼らの厚い信頼に報いる道なのだ、と。
その想いを胸に、ブチャラティは今日も生き続けている。ギャングとしてであっても、自分が「正しい」と信じる道を歩み続けるために。仲間達が信じてくれたものを守るために。
9.情熱の厚い壁
〜 Walls of Jericho 〜
「よぉフーゴ! 帰ってたのか。どうした? おめーにしちゃあ長引いたな」
ブチャラティの部屋を出た直後、フーゴは後ろから呼び止められた。
顔を除いた頭全体をフードのような帽子ですっぽり覆い、ワシントン条約の存在を疑いたくなるようなシマウマの皮パンツを穿いた彼の名はグイード・ミスタ。拳銃を扱わせればギャング界で右に出る者はないとまで言われる男である。年齢はまだ20歳でギャング歴も3年程度だが、その腕前と恐れを知らぬ性格によってブチャラティの下で数多くの修羅場をくぐってきた。
「ええ。意外とあちこち動き回るハメになりましてね。これからローマですよ」
そしてパンナコッタ・フーゴ。彼は152という高いIQを持った天才児である。名家に生まれ、13歳にして大学入学の許可を与えられた、本来なら日の当たる世界での成功が約束された男だった。しかし、普段の落ち着きと気品のある態度からは想像もつかぬ「キレやすい」性格から道を踏み外して今に至る。18歳にして既に約5年の歳月をギャングとして過ごしてきた彼は、今ではブチャラティの秘書のようなポジションにある。
彼ら2人はどちらもパッショーネの最高幹部であり、ブチャラティにとっては単なる「部下」である以上に「仲間」という事になる。
「そっか。ま、この暑い中をご苦労さんだったな。で、どうだ? やっぱり麻薬の連中は裏切る気なのか?」
「まぁ間違いないでしょうね。ブチャラティも今度は完全に終わらせる気なんでしょう。本意だとは思えませんが」
ブチャラティの「ボス」としての組織運営における最初の決断は麻薬事業からの撤退だった。
自分達家族の幸せを壊した白い粉が新たな悲劇を生む事だけは許せない。それは彼の昔からの考えであったし、ミスタ達もそれをよく理解していた。
だが、当然ながらそれは麻薬がどれだけの利益を生むかを知る者からの強い反感を招いた。事実、真っ先にブチャラティ暗殺を企てたのはかつて麻薬を扱っていたチームの1つだった。それは無事に返り討ちにしたが、今度は別の元麻薬チームが不穏な空気を漂わせていたのだ。
かつてのボスに対し、組織のほとんどの者は多少なりとも反感を持っていた。
ディアボロは組織の構成員の誰にも名前も顔も一切明かさず、Eメールのみで一方的に指令を下していた。組織の者には拒否権はもちろんの事、発言権すらもない。それでいて、少しでもボスの正体を探った者は例外なく惨たらしい最期を遂げた。
裏切り者に対してだけではない。その非道な仕打ちによって、一般人はもちろん組織の者にまで犠牲者を出した事もあった。幹部の中でも特に忠実だった者を機密保持のために自殺させた事もあった。そんな元ボスに比べれば、一般人や部下からの信頼が厚く、少なくとも構成員の発言権については保証しているブチャラティの方が「マシ」と判断する者は少なくない。
しかしながら、それでもブチャラティとパッショーネの構成員の間にはまだまだ「壁」がある。
幹部となった途端に組織を裏切ったはずの若造が、数日後に突然「俺達はボスを倒した」と言って新たにボスの座に就いたのだ。組織の他の者が素直にそれを良しとするはずがない。
それでも組織のバランスはとりあえず保たれているのだが、実際にはその理由は単に「力」と「欲」である。
元暗殺チームを初めとする凄腕のスタンド使い達をことごとく返り討ちにした挙げ句、「あのボスを倒した」ブチャラティ達に叛逆を企てたとしても、実際のところ勝ち目は薄い。
それに、組織の者達は新体制によって必ずしも損をしていない。クーデター前後の犠牲者の穴埋めや新体制の構築のために、かえって以前以上の待遇を得た者もいるほどだ。
そんな状況で、わざわざ危険を冒してまで叛乱を起こすメリットは大きくない。それどころか、仮にボスの座を奪ったところで、今度は自分が狙われる事となる。いや、そんな内輪揉めを繰り返していては、下手をすれば他の組織によってパッショーネ自体が潰される可能性もある。そうなっては元も子もないのだ。
と、このような安定にブチャラティは満足しているわけではない。
単に「力」と「欲」で成り立った安定では昔の組織と変わらない。それでは昔と同じ理由で崩壊に向かう事になる。いつか力ずくで自分を倒そうとする者や、金のために麻薬等に手を出す者が現れる。それは避けられない事なのかもしれないが、だからこそ何よりも避けたい事でもあるのだ。
ブチャラティが今必要としているものは「信頼」である。
別にギャング達を更生させようとも思わなければ、「みんなで仲良くやっていこう」などと言う気もない。それでも、少なくともディアボロのような「支配」とは違う、最低限の「信頼」によって結ばれた組織を創り上げたい。それはあまりに壮大すぎるが、少しでも近付きたい「理想」だった。そのために、ブチャラティは少しでも自分と組織の者達の間にある壁を取り払おうと努めていた。
「でもよぉ、何でローマに行くんだ? 連中の本拠はフィレンツェだろ?」
「ボクはヤツらの『後始末』に行くんですよ。ローマであれこれ根回ししていたようなんで。フィレンツェにはジョルノが行って、場合によっては……おそらくはその場でケリをつけるんでしょうね」
「そうか……いよいよマジなんだな」
ジョルノはディアボロとの闘いの際、新しい力に覚醒した。それはまさに圧倒的と言うべきもので、ブチャラティ達の知る限り、彼に対抗し得るスタンド使いは組織の中にも外にも存在しない。しかも、ジョルノのその冷静かつ大胆な判断力は組織随一とも言われる。だからこそ、今回のようなケースにおいて、彼が単独で赴く事は珍しくない。
「おお、ジョルノって言えば、あいつ確か明後日の夜に任務がなかったか? あの大金持ち相手のよぉ」
「ああ、カピターレ・モストロとの商談ですね。あれはブチャラティが行くそうです」
「おいおいおいおい、ブチャラティが直々にか? 大丈夫なのかよ?」
「それほど危険はないでしょう。一応、表向きは普通の商談なんですから。まぁ、あっちにはブチャラティを狙う大した動機もありませんし、そもそもジョルノが来ると思っているわけですから、『ブチャラティを暗殺するための準備』なんかはしてないでしょう。それに、約束ではジョルノが行く事になってるんですから、代役はジョルノと同等以上のポジションの人間が出向かないと角が立ちますし」
「なるほど。ややこしいこったな。でもよぉ、『商談以外の方』でこじれたらヤベーんじゃあねーか?」
「危険がないとは言えませんが、それほど心配は要らないでしょう。調査によれば、あの屋敷にいる護衛や使用人は素人か、それに毛が生えた程度の連中ばかり。スタンド使いもいません。それどころか、中にはモストロの裏の顔を知らない者すらいるでしょう。そんな連中じゃあマシンガンの1つ2つ持ち出したところで、ブチャラティには勝てませんよ。第一、ブチャラティが自分で行くと言い出したんですよ? こっちが止めても聞きませんって」
「ちげーねー。ま、どっちみち大変だよな、『ボス』ってのは」
「ミスタ、その言い方はブチャラティが嫌がりますよ」
「いーじゃあねーか。実際『ボス』なんだからよぉ」
「…………いや……まぁ、同感ですけど……」
フーゴは大きく溜め息をついた。
「あ、フーゴ。おめー教会の近くに最近できた店はもう行ったか? あそこのアツアツのピッツァが結構うめーらしいんだ。ローマ行く前にこれから行ってみねーか?」
「今日……これから……ですか……」
フーゴの瞳には明らかに影が差していた。
ミスタが「どうした」と尋ねようとするのに先んじてフーゴはまた口を開いた。
「すみません。今日は寄る所があるんですよ。……その……墓に……」
それを聞くと、今度はミスタが大きく、それもわざと声を立てて溜め息をついた。
「おめーなぁ、いい加減立ち直れねーか? 別におめーのせいじゃあねーって言ってんだろーがよぉ、あいつらが死んだのは」
「ええ……でも、決めた事ですから……」
ミスタはまたもや大きく溜め息をつき、今度は更に舌打ちをしてから答えた。
「わかったよ、わかった! でもなぁ、次こそは付き合えよ。メシ食った後に自分で運転すんのメンドーだしよ」
ミスタはそのまま、フーゴの返事を待たずに立ち去っていった。
ブチャラティがディアボロを倒す数日前、ヴェネツィアで旧パッショーネを脱退した時、フーゴだけは同行せずにその場に残った。
フーゴはブチャラティの性格を十分に把握していた。だからこそ、裏切る理由を聞かされても納得できた。しかし、それでも「組織を裏切る」という無謀な決断には同意できなかったのだ。
その後、フーゴは思い直してブチャラティの元に戻り、ブチャラティ達もそれを受け入れた。事実上、今の彼らの間には、以前と同じかそれ以上の絆があると言えるだろう。
しかし、フーゴの心には後悔の念が根付いたままだった。仲間達の死については尚更だ。彼らの死が自分のせいでない事はわかっている。理屈ではわかっているのだ。それでも、「もし自分が一緒にいれば……」という考えは消えないままだ。
ブチャラティ達もこの件で彼に言葉をかけた事は何度もあったが、やはり完全に立ち直らせる事はできなかった。これはフーゴが自力で乗り越えるしかない壁なのだ。
10.交渉人
〜 The negotiator 〜
「ブ……ブローノ・ブチャラティ!? 何故貴方がここに!? 今日はジョルノ・ジョバァーナさんが来られるはずでは!?」
「申し訳ありません。ジョルノには急な任務がありまして。お話は私が直接お伺いします」
「そ、そうですか。相手が貴方と知っていればこちらから足を運びましたものを」
「では商談を始めましょうか」
「え、ええ」
ブチャラティが訪ねたのはネアポリスの町外れにあるカピターレ・モストロという大富豪の邸宅である。いや、正確には言えば本宅があるのはローマで、彼はここ2ヶ月ほどこの別荘(と言っても3階建ての大邸宅だが)に滞在して新規の事業を立ち上げようとしているところだった。
モストロは53歳の割には若く、髪はほとんど白髪に変わっているがハゲる気配は全くない。体型も中年太りではあるが背筋は真っ直ぐで、背丈はブチャラティよりも高いかもしれない。その大きな目の周りにはマツ毛がほとんどなく、どこか不気味な印象を生み出している。
彼は別にギャングではないが、あまり「カタギ」とは言えない。ただ非合法の収益より合法的なそれの方が明らかに大きいというだけだ。ただし、ギャングと違ってあまり血を見る事はしない。弾丸よりも札束を武器にして闘うタイプの人種だ。
今夜はパッショーネと業務提携してネアポリスにカジノを新設する商談のはずだった。ただし、その相手はパッショーネのボスであるブチャラティではなく、その代理のジョルノ・ジョバァーナのはずだったのだが。
そして、最初に予定外の出来事が起きはしたが、商談は順調に運び、1時間余りで合意に達しつつあった。
「わかりました。それでは細かい条件についてまとめた書類を次回お持ちしましょう」
「ええ。良いお返事が聞けて実にありがたい」
「それでは……モストロさん。そろそろ本題に入っていただけますか?」
「な……!」
予想外の発言にモストロは驚いた。ブチャラティは今、確かに「本題」と言った。商談が終わった後での「本題」。その持つ意味は……。
そして、モストロが冷静さを取り戻す前に、ブチャラティは無感情な態度で話し始めた。
「失礼ですが、私とパッショーネをあまりナメないでいただきたい。今回のカジノの件を持ちかけられた時から、それ自体が貴方の目的だとは思っていませんよ。そして、その真の目的も見当がついています」
「……と、言いますと……何です? 私が他に何を企んでいると? 何を根拠にそのような……」
「本当にカジノの件での商談が目的なら、その相手には組織のボスである私が一番てっとり早いはずだ。しかし貴方は最初、来たのがジョルノではなく私である事に動揺した。いや、動揺するまでは当然でしょう。約束の『ボスの代理』ではなく『ボス本人』がいきなり現れたのですから。それにしても貴方の態度は妙だった。まるでジョルノが来なければ困る理由でもあるかのように」
ブチャラティは相変わらず冷静そのものだったが、その眼光にはそれまでとは違う確かな凄みがあった。目の良い者なら見えただろう、モストロの顔に冷や汗が浮かんでいるのが。
「待って下さい! 確かに貴方がいらした時は驚きました。しかしそれは単に予定外だったからの事で、別に他意はありません。大体、そもそもジョバァーナさんにいらしてもらわなければならない理由など何があると……」
「正確には『ジョルノ』ではなく、『ジョルノが持っている物』では?」
「! ……」
モストロは絶句した。目の良い者ならわかっただろう。彼の顔から血の気が少しずつ薄れているのが。
「最近の貴方の事を少し調べさせていただきましたよ。カジノのプロジェクトを立ち上げる少し前から貴方が何を調べていたかを、ね」
「……」
「そう、『矢』について随分と調べさせていたようですね」
モストロはここで少し黙った後、一度大きく溜め息をついた。
ブチャラティの言った『矢』とはパッショーネの秘宝である。『矢』とは言っても、正確には矢尻の部分しか残っておらず、この呼び名も正式名称がないのでとりあえず呼ばれているというだけのものだ。問題なのはその力だった。この『矢』で生物を刺す事により、もしその相手に「素質」があれば、スタンド能力を引き出す事ができるのだ。ブチャラティを始め、パッショーネに所属するスタンド使いのほとんどはこうして能力を得たのだ。ちなみに、その数少ない例外の1人がジョルノなのだが。
「……驚きましたね、そこまでご存知とは。流石だ」
モストロはもう一度、今度は軽く溜め息をついた後、強い口調で話し出した。
「では話は早い。貴方達の持つ『矢』を是非とも売っていただきたい。いや、貸していただくだけでも構いません。『矢』の素材、原理、由来、製法、そして何よりも、『矢』で刺された者がスタンド使いになれるかどうかを予め見極める方法を突き止めたい! それがわかれば世の中をひっくり返せるほどの大発見になるはずだ! もちろん貴方達にも相応の報酬を約束します!」
やっと本心を話したモストロを相手に、ブチャラティはそれでもなお態度を変えなかった。
「残念ですが、はっきりとお断りします。貴方はご存知ないでしょうが、あの『矢』は危険すぎる代物だ。それこそ冗談抜きに『世の中をひっくり返す』ほどの大惨事を引き起こしかねない。我々は2年前にその片鱗を目の当たりにしている。あれを支配できるのは私の知る限り、この世にジョルノただ1人だ」
ブチャラティの台詞に嘘はない。『矢』は「スタンド使いを生み出す道具」としては、パッショーネの関係者ほぼ全員に知られている。だが、それ以上の力の存在を知る者はブチャラティ達以外ほとんどいない。何と、『矢』にはスタンドを進化させる力もあるのだ。しかもその進化の程度は単なる「パワーアップ」の域を超越している。それだけに、誰にでも使いこなせるわけではない。2年前も1人の男が自らのスタンドを暴走させ、世界を危機に陥れた。それをブチャラティが死を賭して食い止めたのだった。
「……どうあっても……ですかな……?」
「残念ながら、この件に関しては交渉の余地はありません」
ブチャラティは本気だ。モストロにはそれが目に見えてわかった。この場でこれ以上の交渉は意味をなさないだろう。仕方ない。そう思ってモストロはもう一度溜め息をついた。
「……わかりました。この場でのご承諾は諦めましょう。貴方のお気持ちが変わる日が来るのを待つ事にしますよ。カジノの件はさっきの取り決めのままで構いませんか?」
「ええ。改めてお願いしますよ」
「こちらこそ。それではこれで……」
「それでは、今度はこちらの本題に入らせていただきましょう」
「は!?」
ついさっき戻ったばかりのモストロの平常心はあっさり打ち砕かれた。確かに自分は本心を隠したままブチャラティとの商談を進めていた。だが、ブチャラティまでもが別の目的を持っているとは予想だにしなかった。
驚くモストロの眼前のテーブルに写真の束が放り出された。写っているのは皆ごく普通の若者のようだ。いや、よく見れば女の方が明らかに多いか。しかし……これは誰だ?
「この写真の人達に見覚えはありませんか? 誰か1人でも構いません」
「……? ……いや……記憶にありませんが……誰です?」
「ここ1ヶ月の行方不明者です」
「……は?」
再びモストロの顔に冷や汗が浮かび始めた。
「最近、この近くの住宅街で、路上での誘拐や殺人が急増しているのはご存知でしょう。実はその事件には特徴がありましてね。写真を見ての通り、行方不明になるのはほとんど若い娘ばかりで、大体1日に1人ずつ。その後は身代金の要求もなければ死体で発見される事もない。殺されるのは老若男女見境なしで、数もペースもランダムです。おそらく、誘拐の目撃者をその場で口封じに殺しているのでしょう。その殺され方はどれも無惨なものでしてね。犯人が捕まるどころか、警官にも何人か犠牲者が出ています。そしてつい先日……とうとう我が組織の者にも被害が及んだ……」
「何と……! お悔やみ申し上げます。……あの、ですがそれが私にどういう……」
「その男は別の調査の途中でしてね、カメラを持っていたんですよ。そして息を引き取る直前、最後の力を振り絞ってシャッターを押した……」
「…………え?」
よほど目の悪い者でなければわかっただろう。ブチャラティの眼光が強まったのとは対称的に、モストロがいよいよ凍りついたのが。
「生憎と角度が悪かったので、普通ならそれだけでは犯人の顔を特定できなかったでしょう。でも我々にはわかった。彼が組織に提出した別の写真にもその犯人が写っていたからです。彼が死ぬ数日前に、本来の任務だった調査のために別の場所で撮った写真に」
「……」
「そう、貴方のこの屋敷のすぐ側でね」
ブチャラティは新たな写真数枚をテーブル上に放り出した。
「カジノの件を持ちかけられてから貴方の事を調べたと言ったでしょう。死んだのはその調査を任せた中の1人だった。生前の彼は貴方について色々と調べてくれましたよ。『矢』を欲していた事、カジノの計画、この別荘の改築。そして……最近この屋敷に出入りしている人間の顔までも。そのうち、少なくとも1人が部下を殺し、おそらくは誘拐事件を起こしている張本人だ。これはどういう事です? 貴方は何を企んでいる?」
「……なるほど。驚きましたよ、まさかそこまでお見通しとは……」
もうモストロに顔に焦りは見られない。それどころか落ち着き払っていると言うべきだろう。
「さぁ白状してもらおう。貴方の目的は何か、この誘拐犯は何者か、そして誘拐した人達をどうしたか。返答次第によってはカジノではなく墓を作る事になる」
「そうですな。まず、貴方の部下の死に改めてお悔やみを申し上げましょう。勝手な話だが、決して私の意志によるものでないという事を信じていただきたい。『彼』が外で人を殺している事は知っていたが、まさかパッショーネの構成員が巻き込まれるとは思ってもみなかった。お詫びの言葉もありません」
「ほう、それはつまり誘拐については関与していると解釈して間違いないのか?」
「関与や協力と言うよりは、単に『知っていた』というだけですな。私は全く命令した事はないし、誘拐で儲けたわけでもない。さっき被害者の写真を見せられた時も、嘘を言ったわけではなく、本当に顔を知らなかったのですよ。それに、殺しに関しては聞かされてもいませんでした。別にどちらも止めようとした事はありませんがね。ああ、証拠隠滅なんかは手伝いましたよ」
ブチャラティにはモストロが嘘を言っていない事はわかる。同時に、悪びれた様子が全くない事もだ。とりあえず謝罪自体は本心のようだが、自分が大勢の死に関与している事自体は何とも感じていないようだ。
「では、誘拐犯の目的と正体をお聞きしよう」
「……ブチャラティさん……貴方はパッショーネのボスの座に就いた時の気持ちを覚えていますか?」
「は?」
「ギャングとはいえ、わずか20歳にして自力でそれだけの組織の頂点に立った時の気分はどうだったか、とお尋ねしているのですよ」
ブチャラティは答えない。モストロの質問の意図がわからないという事ももちろんあるが、その質問に対して自分の脳が用意した答えに気を取られたのかもしれない。
「私はですな、ブチャラティさん。生まれた時から何不自由ない家庭で育ちました。そして親が遺してくれた土地や株なんぞを収入源にしてきました。その金で新たな事業をいくつも興した……しかし! どの事業も黒字にこそなれ、大成功を迎えたものはない! 私は今まで、生まれた時から周囲にあったものを少しばかり増やしただけだ! 女には不自由した事がないし、美女と2度も結婚した! だが、どいつも目当ては私の金だけだ! 何も知らない世間の連中は私を『恵まれた星の下に生まれた』などとほざくが、私は自力で本当に価値のあるものを手に入れた事がないのだ!!」
ここまで言い切ると、モストロは息を切らした。無理もない。この年齢の人間があれだけ怒鳴り続けたのだから。真っ赤に染まったその顔に浮かんでいる汗は、今度は冷や汗ではないようだ。
「モストロさん……貴方は勘違いしているようだが、私は別に富や権力のためにボスの座を欲したわけではない。私はただ前のボスが許せなかっただけだ。それに『自力』だけではない。今の私があるのは部下……いや、仲間達の助力と犠牲があったからだ。貴方の想像するような満足や誇りを感じた事はない」
「フッ! 私の一番望むものを持つ男は、その幸福すら理解しておらぬか。……だがッ! 私の願いが叶う日が近付いてきた! あの御方がそれを見せて下さるのだ!」
「……『あの御方』?」
予想外の答えだった。てっきりモストロが裏で別の組織とつるんででもいるのだと思っていた。その組織が人身売買か売春、あるいは何かの人体実験でも手がけていて、それに協力しているのだと。まさかモストロが他人の「下」で動くタイプだとは思っていなかったし、そんな相手に心当たりもない。
「そう! あの御方はある日突然、私の前に現れた。そして素晴らしい計画を話して下さったのだ! 私はそれを少し手伝うだけで良いと!」
「それが誘拐という事か?」
「違うなッ! 私の役目はこの屋敷を提供し、パッショーネに接触する事だ」
「組織に? 『矢』のためか?」
「それもある。『矢』を取り戻す事もあの御方の望みの1つだからな!」
「『取り戻す』……だと?」
「そうだ! おまえ達の『矢』がどうかは知らんが、あの御方もかつて数本の『矢』を持っておられたのだ! 失った『矢』を1本でも首尾良く取り戻せば、後で私に任せて下さるとの事だ! そして、あの御方の真の望みが叶えば、いずれあの御方はこの世界をも手に入れる事だろう! 私はその下にいられれば良い! 『矢』の秘密を突き止め、その力であの御方とともにこの世の頂点を見る!」
モストロは今度は息を切らさない。既にトリップ気味のようだ。だが、その様子はかえってブチャラティの憐れみの情を強めた。
「モストロさん……それが本当に貴方の望んだものなのか? 未知なる物を研究して秘密を解き明かすというのは確かに素晴らしい。その成果で何かを得る事もだ。だが、今の話からすれば、貴方はただ『あの御方』とやらに利用されているに過ぎないのではないか? それで『本当に価値のあるものを手に入れる』事になるのか?」
「黙れィ! 貴様なんぞにわかるものかァ!」
わかってもらいたかったのは、むしろブチャラティの方だった。だが、それも無駄な期待のようだ。これ以上この男の価値観に口を挟んでも仕方がない。
「私は貴方と幸福論を闘わせる気はない。そろそろ本題に戻ってもらおう。貴方の言う『あの御方』と誘拐犯は別人のようだが、そいつらは何者だ? そして目的は何なのだ?」
「フッ、さっき言っていたな? 私の目的はジョルノ・ジョバァーナの持つ『矢』を手に入れる事だと。それは本当だ。だぁが! その答えでは満点にはならんのだ」
「何?」
「もしもだ! あの御方がジョルノ・ジョバァーナ自身をも欲していたとしたら……どうする?」
「……?」
「あの御方の真の目的はジョルノ・ジョバァーナ自身を手に入れる事! 『矢』はついででしかない!」
「……ジョルノを引き抜こうというのか? あいつが我々を裏切るとでも思うのか?」
「裏切る? 違うな! 必要なのはヤツの『肉体』だけなのだよ! 誘拐した連中など、あの御方にとっては『間に合わせ』の『つまみ食い』に過ぎんのだァ!」
「……なん……だと……?」
ブチャラティには意味がわからなかった。「肉体が欲しい」? 「つまみ食い」? どういう事なのだ?
ここまで平静を保っていた男がここに来て初めて本気で動揺している事がおかしいのか、モストロの顔には薄笑いが浮かんでいた。
少しの間を置き、2人はそれぞれ冷静さを取り戻した。これが最後の交渉になるという事がお互いにわかっていた。
「ブローノ・ブチャラティ……最後だ。私のようにあの御方の下で働く気はないか? あの御方のお力添えがあればパッショーネのためにもなろう。できれば私に『矢』を調べさせて欲しいが、それは後でゆっくり考えてもらえれば良い。パッショーネには既にスタンド使いが大勢いるわけだしな。どうだ? あの御方ともに新しい世界を創ってみようではないか」
「そのために誘拐と部下の死に目をつぶり、ジョルノを差し出せ、と?」
「いや、ジョバァーナに関しては、もし我々の同志となるなら、あの御方も別の案をお考え下さるだろう。はっきりとは聞いていないが、必要な条件を満たす者は他にも数人いるらしいのでな。現段階では条件的にジョバァーナが最適なのだそうだが」
「なるほど」
「聞こうか、返事を」
「丁重にお断りする」
「どうあってもか?」
「生憎だが」
ブチャラティの表情や声色には全く乱れがない。そのまま2人は無言で数秒見つめあい、先に口を開いたのはモストロだった。
「ならば……仕方ないな」
「こちらも残念だが……仕方ない」
ブチャラティはゆっくり椅子から立ち上がると、何故かそのまましゃがみ込んだ。
「……ブチャラティ……?」
モストロは不思議に思って見つめたが、ブチャラティの姿はテーブルに隠れたまま出てこない。それが30秒ほど続いた時、モストロはようやく異変に気付いた。慌てて椅子から立ち上がり、テーブルの反対側に回り込んでみたが、そこにブチャラティの姿はない。自分もしゃがみ込んでテーブルの下を覗き込んでみても、立ち上がって周囲を見渡してみても、部屋中を走り回って家具の裏を見ても、やはりブチャラティはいない。
「バカなッ! 一体この部屋のどこに隠れたというのだ!? ……ハッ……まさか……!?」
モストロは失念していた。スタンド能力とは単なる戦闘手段ではない。もしブチャラティがスタンド能力を使って隠れているのだとしたら。いや、「隠れている」だけなら良いが、ヤツが「隠れたまま移動している」のだとしたら……。
「ヤツめ……まずいッ!」
次の瞬間、モストロは血相を変えてドアを蹴り開け、応接室を飛び出した。
「ブチャラティが消えたッ! 捜せ! 屋敷の中も外もだァァ!!」
11.白と黒の邂逅
〜 Black or White? 〜
モストロは地下1階に下りた。
あの状態で応接室から逃げ出す事ができたブチャラティの能力なら、屋敷の中のどこに行ったとしても不思議はない。万が一、ブチャラティがこの屋敷の秘密に気付いていたら……。
異常に速まった脈は、別に廊下を全力疾走したというだけが理由ではなかった。心労のせいか、やけに自分の体が重く感じる。
書斎に入ると、モストロは机の上にある電話の受話器を外し、大急ぎで番号を打ち込んだ。すると、本棚の1つが音もなくゆっくりと真横にスライドし、大きな鉄扉が現れた。それは地下2階への秘密の入口である。
地下2階へ出入りする方法は2つある。1つは今モストロがやっている方法。本棚は扉の内側からはボタン1つで動くが、書斎から開けるには電話機で暗証番号を打ち込まなければならない。
もう1つは裏庭の隠し扉からの通路だ。ただし、その扉は非常に重い。中からも外からも自由に開くが、たとえプロレスラー数人でも開けるのは至難の業だ。何のためにそんな扉があるのか? それは全て地下2階の住人のためだった。実際、当人達は基本的にこちらから出入りしているのだ。
分厚い鉄扉を開けたモストロは、大慌てで階段を駆け下りた。下りた所には左右に伸びる通路があり、それを横切った先にはまたもや鉄扉があった。それを開けると中からわずかな異臭が漂ってきたのだが、今のモストロにはそんな事を気に留める余裕はない。モストロは電灯のスイッチを入れると、息も絶え絶えの声で部屋の中に向けて叫んだ。
「ディオ様ァァァ!」
灯りは何度か点滅した後、部屋の中の2人の男を照らしだした。いや、「2人」という数え方が適切かどうかは色々な意味で疑問なのだが。
「騒がしいな、モストロ。内線も使わずにわざわざどうした? 『ボディ』は来たか?」
「い……いえ、申し訳ありませんッ! それが、来たのはパッショーネのボスのブチャラティでした。まさかヤツ自ら来るとは……」
「フン! 要するに計画は失敗したというわけか」
「まったく役に立たないヤツね!」
ディオの傍らにいた男が口を挟んだ。途端にモストロの刺すような視線がその男に集中する。
「元はと言えばおまえのせいだぞ、ワンチェン! おまえの誘拐や殺しが目立ちすぎたからだ! 目撃者を殺すのは構わん! だが、よりによってパッショーネの下っ端まで殺すとは不注意にもほどがあるわッ!」
「責任転嫁は見苦しいね! ディオ様のためにやった事、ケチつける気か!?」
「ディオ様のため!? 貴様が自分用のエサを取りすぎるのが問題なんだ!」
(『エサ』……だと?)
2人の口論が本格化しつつあった時、今度はディオが口を挟んだ。
「そんな事よりモストロ。その男……ええと、何だっけ……ああ、そうだ、ブチャラティはどうした? そのまま帰したのか?」
「あっ!」
モストロはハッとすると同時に、今日何度目かの冷や汗を流し始めた。
「そ、そうでした! 大変です! ブチャラティが屋敷に潜んでいるかも知れません! ご用心を!」
「なるほど」
「逃がしたか!? ホント役に立たんヤツね!」
「ぐ……!」
「待てワンチェン。モストロよ、そいつはどうやって逃げた?」
「は? あ、いや、応接室の中で突然ヤツが消えて……一体どこへどうやって逃げたのか……おそらくスタンド能力だと思うのですが、見当も……」
「そうか……つまり『逃がした』のではなく『見失った』という事だな?」
「え……ええ。ですが、あの……それがどう違うのでしょう……?」
「そうです、ディオ様! 全てはこいつがドジをやっただけの事! ほれモストロ! とっとと侵入者をとっ捕まえに行くね!」
冷や汗まみれで怯える男と、それを嘲りながら責める男を前にして、ディオだけは余裕の微笑を浮かべていた。
「その必要はない。ワンチェンよ、おまえは気付かないか? この部屋で呼吸音が1人分多く聞こえる事に」
『は!?』
ワンチェンとモストロは揃って驚きの声を上げた。
「それではまさかッ、ヤツはもうこの地下室に!? ……おのれェェェ、私をコケにしおってェェ! どこだ! どこにいる!」
モストロは頭に血管を浮かべながら部屋中を駆け回り、物陰やドアの裏を覗き込む。ワンチェンも後に続く。だがブチャラティはどこにもいない。その2人を見ながらディオだけは相変わらず余裕だった。
「フン! そろそろ姿を見せたらどうだ? 居場所はわかっているぞ」
『そうか。ではそろそろ貴様の顔を拝ませてもらおう!』
「!?」
声はモストロのすぐ側から聞こえた。だがワンチェンの目にはどうしても侵入者の姿が見えない。モストロ自身も周囲をキョロキョロするだけだ。
『いちいち動き回らないでくれないか。乗り物に酔うタチじゃあないが、こんな所に押し込まれたまま振り回されるのは快適とは言えないんでな』
「……!」
モストロはやっと気付いた。ブチャラティの声がどこから聞こえてくるのかに。「自分の近く」ではない。声は「自分の中」から聞こえるのだ!
ジイイイイィィィィィ
突然、モストロの背中に巨大な「ジッパー」が出現し、大きくその口を開いた。中には肌色でも血の赤でもない、漆黒の異空間が見える。次の瞬間、何とそこから人間が飛び出してきた!
「ブ、ブチャラティ……! 貴様、私の中に隠れて……?」
「案内ありがとうよ、モストロ。人間誰しも賊が入ったと思えば、自分にとって重要な物が無事かどうか確かめたいというのは当然の欲求だからな。おまえにとっては屋敷内にいる誘拐犯か、その被害者だろうと思っていた」
「貴様……どこまで私を……」
モストロのジッパーはすぐに消え、既に痕跡もダメージも残っていない。服さえも元通りになっている。だが、既にモストロの頭全体は真っ赤に染まっていた。このままではそのうち血管が切れてもおかしくない。
そんなモストロを完全に無視して、ブチャラティは部屋を見渡す。ディオという男はいつの間にか姿を消しているが、部屋には中国人風の老人が残っている。小柄で、ドジョウヒゲをたくわえ、右頬に火傷のような傷痕がある。間違いない。こいつこそが写真の男だ。パッショーネの構成員を始めとする大勢を殺した誘拐犯だ。
「さて……やっと会えたな、誘拐犯よ。確かワンチェンとか言ったな。……う?」
ここでブチャラティは初めて周囲の異常に気付いた。
応接間よりも更に広い部屋の中にさっきから漂っているのは、血や死体の放つ臭いだ。やはり誘拐された人達のものと考えるべきか。それにしても一体何人分なのだ?
そして、壁際の小さなテーブルの上に置かれているのは……金髪の男の生首だった。
「貴様ら……一体何のためにこんな事を……答えろッ! さぁ、どこにいるディオ!」
「目の前にいるではないか」
「……?」
「わからんか? ほら、ここだよ。おまえの目の前だ。よぉ〜く見てみろ」
「!」
ここでブチャラティは初めて理解した。モストロの言う『あの御方』とは、『ディオ』とは、さっきから聞こえていた会話の相手とは、自分に話し掛けている者の正体とは、目の前にある「生首そのもの」なのだという事を……。
このディオという男はスタンド使いだと考えるべきだ。その能力がわからない以上、何が起きても不思議ではない。それに、生物の首を生きたまま取り外す事ならブチャラティにもできる。何らかの手段で幻覚を操るスタンドというのもいる。
しかし、「これ」は何かが違った。首の切断面は良くは見えないが、本当に「人体を切断した後の断面そのまま」になっているようだ。物理的方法でもスタンド能力でも、何らかの処置を施されたような痕跡はない。しかも、何故かそれが幻覚でない事が感覚でわかる。その生首からは感じられるのは、何か得体の知れない忌まわしさと……恐怖だった……。
「バカな……貴様ッ、一体何者だ!?」
「フン! 他人の部屋に来て挨拶もなしに質問の連発か? いかんなァ、ギャングとはいえ、組織を束ねる者はもっと礼儀を知らなければ」
「こういう無礼な小僧にはお仕置きが必要ね! ウウウヘェッヘェッヘェッヘェッ!」
2003年のある暑い日――長い夜が……始まる……!
Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON
空条 Q太郎さんの「ワンチェン(with生首ディオ)」
vs
かんなさんの「ブローノ・ブチャラティ」
マッチメーカー | :pz@-v2 |
バトルステージ | :アツい○○ |
ストーリーモード | :Fantastic Mode |
To Be Continued !!
狂気の大富豪の邸宅で激突する白と黒!
今、「不死者」と「死から甦った男」の熱い闘いが幕を開けた!
さて、今回は豪華な顔ぶれとなりました。
ジョジョ界のトップヒーローVSトップヒール……を引き連れた小悪党の対決!
……って、え? マジで?
そう! プレイヤーキャラはあくまで「ワンチェンとブチャラティ」です。
ディオ様はオプションに過ぎません! そこのところをご注意下さい。
つーかこのラウンド、主役は誰やねん!
大丈夫かワンチェン? 目立てるのかワンチェン? ディオ様に食われないかワンチェン?
原作の単行本1巻から登場しておきながらジョジョ魂では初登場!
今までNPCにもなってないらしい!
果たして、ディオは無事に肉体をゲットできるのか?(ワンチェンだってば)
迎え撃つは、見事ボスとなったブチャラティ。
死をも運命をも乗り越えた彼は、今度も生還できるのか?
そして、果たしてカジノはできるのか?
というわけで、MM初挑戦のpzです。今後とも宜しくお願いします。
関係者の皆様、本っっ当〜に長らくお待たせしました!
次回はもっと早く、そしてもっとコンパクトに書き上げるよう努力します。
(せめてソースをメモ帳で開けるぐらいには)
空条 Q太郎さんとかんなさんは、ラウンド2に向けて、それぞれ自分のキャラが『なにをしたいか?』、『何をしようとするか?』などをテキトーに書いてメールでお送り下さい!
あと、空条 Q太郎さんはワンチェンが使う一人称代名詞も選んで下さい
原作では「わたし」か「わし」で、ディオ相手の時が「わたくし」です。
漢字、平仮名、カタカナなんかの指定もあればどうぞ。
(このラウンドの冒頭で「わたし」になってるのは気にしなくて構いません。歳をとったりゾンビになったりして変わったのかも知れません)
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対戦ソース
空条 Q太郎さんの「ワンチェン(with生首ディオ)」
かんなさんの「ブローノ・ブチャラティ」
この対戦小説は 空条 Q太郎さんとかんなさんの対戦ソースをもとにpz@-v2が構成しています。
解釈ミスなどあるかもしれませんがご容赦ください。
空条 Q太郎さんとかんなさん及び、ワンチェン、ディオ、ブチャラティにもありがとう!
そして……スティクスに合掌!